まるでバレリーナ! イメージングの新技術を開発して、細胞膜タンパク質の複雑な動きを見たら
バレエと細胞生物学に共通点があるでしょうか? 私たちが想像するより多くの共通点がありそうです。—— 沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究者らはこの度、細胞内のタンパク質の動きを1分子ずつ長時間追跡する新技術を開発することで、細胞の動く仕組みが見えてきました。本研究成果はNature Chemical Biology誌に掲載されました。
私たちの身体の中にある全ての細胞は、細胞膜で囲まれています。ちょっと驚くのは、細胞を外界から隔てるという大切な働きをもつ細胞膜は、固体ではなく「液体」でできていることです。そのため、細胞膜の中では、個々の分子は、まるで舞台に上がったバレエダンサーのように動き回ったり、時に静止したりしています。
OISTで膜協同性ユニットを率いる楠見明弘教授は、これを以下のように表現します。「細胞膜で働くタンパク質分子群は、優雅にコーディネートされたダンスによって、細胞の外からやって来たメッセージ物質のシグナルを細胞内部に伝達しています。」
様々なタンパク質分子が細胞膜内をどのように動き、互いに結合するかを理解するため、楠見教授のチームを含む世界の数グループは、生細胞中の1蛍光分子をイメージングする方法 (SFMI)を開発してきました。SFMIでは、細胞膜中の個々のタンパク質「ダンサー」(分子)たちに蛍光分子で標識を付け、この標識の動きを、自家製の1分子観察蛍光顕微鏡で撮影して、各ダンサーの動きや、ペアを組み替えていく様子などを追跡します。
しかしながら、SFMIには問題もあります。 顕微鏡下で観察を続けると、蛍光分子が発光しなくなるのです。「光退色」と呼ばれる現象です。 このため、1個の分子を追跡できる時間は、従来は、10秒未満でした。「これまでは、例えば一幕5分間の場面を撮影するのに、10秒間の動画をランダムに撮影し、それを正しい順序でつないで映画を作るような作業をしていました」とOIST膜協同性ユニットの角山貴昭技術員は説明します。
そんな中、角山さんと楠見教授らは、SFMIにおいて光退色を抑制する方法を編み出しました。 その方法は、特殊な化学物質と酸素分子を試料内に溶存させるというものです。
従来、光退色防止のために使用されていた方法は、あまり効果的でない上、酸素を完全に除いてしまうなど、生きた細胞にとっては有害なものでした。しかし、この度OIST 研究者らが編み出したのは、細胞を、生体内と同程度の低い酸素濃度の中に置き、「トロロックス」と「トロロックスキノン」という 2種類のマイルドな化学物質を添加するものです。この方法は、細胞に悪影響を与えることなく、驚くほど有効に光退色を抑えました。
この新しいアプローチを用いることで、生細胞内の個々の蛍光分子の連続観察時間を400秒まで伸ばすことができました。 「この方法は、蛍光分子の追跡可能時間を従来比で40倍にも引き延ばしてくれたのです」と楠見教授は話します。
観察の時間ウィンドーが長くなることで、分子が細胞ではたらく仕組みを、直接に調べることが可能になりました。そこで、膜協同性ユニットの研究者は、「接着斑」という細胞膜の領域を研究しました。接着斑は、いわば細胞の「足」で、細胞はこれらの足を使ってあちこちに移動します。例えば、ガン細胞が転移するときも、この接着斑という足を使います。
角山さんらは、特にインテグリンという膜分子の挙動を調べました。インテグリンは接着斑にあって、細胞骨格と細胞外基質を結合する細胞膜分子です。従来、インテグリンは、細胞の足の中でしっかりと固定されていると考えられていました。しかし、観察の時間ウィンドーを長くできたことで、インテグリン分子が何度も細胞の足構造の中で動いたり止まったりし、さらには一つの足構造から出て他の足へと移動する現象もはっきり見られたのです。
あたかも、ロッククライマーが次にしがみつく岩を探すかのように、インテグリン分子も次に結合できるポイントを探して拡散運動します。そのような地点を見つけると、それが安定しているかどうかを判断するため、一時的に結合します。安定していると判断すると、インテグリンはその新たな地点をしっかりつかんで細胞を引き寄せる、それによって細胞は動く、ということが分かってきました。
この新たな技術によって、細胞膜中のタンパク質ダンスを、滅茶苦茶にぶつ切りにして撮影した後でそれらを繋ぐというようなことをせず、一幕全体を一気に記録することができるようになりました。「この方法を使うと、細胞挙動の文脈を理解するに十分な長さで、各分子の運動を追跡できます。接着斑構成分子の1分子毎の挙動を理解することは、ガン細胞の体内での移動を阻止する薬剤の開発の一助にもなります」と、楠見教授は希望をもって語っています。
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