驚異の行動モデリング-動物の動き方をかつてない精度で再現

ロボット工学からパーキンソン病研究まで、幅広い分野への応用が期待される新たな予測ツールを開発しました。

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この度、沖縄科学技術大学院大学(OIST)と国際共同研究チームは、動物の複雑な動きを高い精度でシミュレーションする新たな手法を開発し、生物学における長年の課題であった、複雑で一見予測不能な動物の動きの正確なモデル化の確立に取り組みました。研究チームは、モデル生物として広く用いられる、C.エレガンス(Caenorhabditis elegans)と呼ばれる線虫に注目しました。PNAS誌に掲載された本研究成果は、動物の動きの予測と理解に貢献するだけでなく、ロボット工学から医学研究に至るまで幅広い分野での応用が期待されています。

「振り子や、バネにつながれたビーズの動きからみられるような単純な物理系とは異なり、生き物の行動は、規則的な動作とランダムな動作の中間に存在します。その繊細なバランスを捉えるのは非常に難しく、それこそが私たちが開発したモデルの独自性だと言えます。これほどまでに生き生きとした動物のモデルを作り上げた人はまだいないでしょう」と、OISTの理論生物物理学ユニットを率いるグレッグ・スティーブンズ准教授は説明します。 

線虫の動きを忠実に模倣 

「動物たちの動作は、その内部状態や育った環境、発育の歴史、遺伝的継承など、様々な要素に影響されます。こうした複雑な影響を考慮し、シンプルかつ予測可能なモデルで動物の動きを表現しようとする試みは驚くべきことであり、直感に反するアイディアです。この複雑性と、それを効果的にモデル化できる能力は注目に値します」と、論文の筆頭著者であるソルボンヌ大学パリ脳研究所のアントニオ・コスタ博士は説明します。 

モデルの作成は、いくつかのステップを踏む複雑なプロセスでした。研究チームはまず、線虫の動きを高解像で録画し、機械学習を用いて動画の各フレームにおける線虫の形状を特定しました。そして、線虫の行動をより深く理解するために、これらの形状が時間とともにどのように変化するかを分析しました。最後に、信頼性の高い予測を行うためには、どれほどの過去の情報が必要なのかを探りました。 


「私たちは、動く速さや行動変化の頻度など、実際の動物の行動の統計的特性と、シミュレーションによって生成されたものとを比較しました」とコスタ博士は話します。「これらのデータセットの一致度が高いことは、私たちのモデルの精度が高いことを示しています。」 

コンピュータでモデル化したシミュレーションの線虫(上)と実際の線虫(下)の動き。グラフ(左)は、両者の時間経過に伴う体の動きのパターンを示している。右の動画では、シミュレーションの線虫が実際の線虫の動きにどれほど一致しているかを示している。
コスタ他(2024年)
研究チームは数学モデルを用いて、時間の経過に伴う線虫の形状の変化を画像として作成。次に、流体中の物体の動きの原理を応用して、これらの変化する形状が線虫を前方に推進させる仕組みを計算した。その結果、線虫が環境中を移動する様子をリアルにシミュレーションすることが可能になった。
コスタ他(2024年)

医療やロボット工学への応用 

本研究の意義は、線虫の研究にとどまりません。研究チームは、化学化合物の行動への影響を線虫を使って研究している企業とすでに連携を開始しています。また、創薬研究で頻繁に用いられるゼブラフィッシュの幼生をはじめとする他の生物種の研究においても、このモデルを応用しています。さらに、パーキンソン病をはじめとする運動障害の研究など、人の医学への応用も模索しています。 

本研究成果は、医療研究に大きなインパクトを与える可能性があります。現在、運動障害の診断方法は、限られた診察時間内における主観的な観察に頼っています。病状の変化は直接観察するにはわずかなものであり、診断を困難にしている要因となっています。新しいアプローチは、患者の動きを家庭でも連続的かつ客観的に測定できる可能性があり、より正確な診断や、一人ひとりに合った治療戦略を見出すことができるかもしれません。 

医療分野のほかにも、応用できる可能性があります。例えば人間のような動きの再現を目指すロボット工学などの分野において、生き物が環境に順応する方法をより深く理解することで、より適応性が高く、効率的なロボットシステムを設計できるようになるかもしれません。 

今後、このモデリング技術をさらに洗練・拡張していくことで、環境要因、遺伝、行動の複雑な関係を、幅広い生物種にわたって解明する新たな道を切り開いていけると期待されています。 

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