科学技術はこころの活力向上に貢献できるのか?

国の大型研究開発事業、ムーンショット目標9プロジェクトで挑む「きっとうまくいく!」楽観の神経メカニズム解明

Can Science and Technology Help Increase our Confidence?

「幸せホルモン」と表現されることもあるセロトニンは、脳内に広く分泌される神経伝達物質のひとつで、呼吸や睡眠、情動から認知まで幅広い生命活動に関与しています。近年、うつやパニックなど社会適応を困難にさせるこころの不調が子どもから大人まで世代を問わず大きな問題となっていますが、変化する環境に適応しながら行動を選択していく中で、セロトニンがどのような役割を担うのかについては謎に包まれています。

OIST 神経計算ユニット(銅谷賢治教授)では、様々なアプローチでセロトニンの機能解明に取り組み、多くの研究成果を上げてきました。過去にはマウスを使った実験で、セロトニン神経が多く集まる脳部位の一つである背側縫線核(はいそくほうせんかく)のセロトニン神経活動が、予測される餌をじっと待つ行動中に高まり、逆にその神経活動を人為的に高めてみると、今度は待つ時間が延びることを明らかにしました。この研究で、世界で初めてセロトニン神経活動と特定の行動との因果関係を示すことに成功しました。

この度、同ユニットの新たな研究プロジェクトが、2050年の日本を見据えた国の大型研究プロジェクト「ムーンショット型研究開発事業」に採択され、同ユニットのグループリーダーである宮崎勝彦博士がプロジェクトマネージャーに抜擢されました。同僚であり家庭でのパートナーでもある宮崎佳代子博士と2人でプロジェクトを進めています。同プロジェクトは、ムーンショット型研究開発事業が掲げる9つの目的のうちのひとつ、「こころの安らぎや活力を増大することで、精神的に豊かで躍動的な社会を実現する」技術の創出につながる研究となります。

Dr. Kayoko Miyazaki (left) and Dr. Katsuhiko Miyazaki (right)
宮崎佳代子博士(左)と宮崎勝彦博士(右)
宮崎佳代子博士(左)と宮崎勝彦博士(右)

「楽観と悲観をめぐるセロトニン機序解明」と題したこのプロジェクトでは、遺伝子改変によって特定の神経活動を光で人為的に操作(活性化・抑制)できるマウスを使った行動実験を行います。マウスはじっと待つ、あるいは動き続ける、といった努力を要する行動をとることで餌を獲得したり、足への微弱な電気刺激を事前に回避したりできることを学習します。このときの脳の注目部位の神経活動を外部から観察したり操作したりしながら、行動への影響やセロトニン神経を中心とした神経ネットワークの働きを詳細に調べます。これまでの宮崎博士らの研究から、将来の報酬を信じて待つか、それとも諦めるかの意思決定にセロトニンが関わっていることが分かっています。さらに数理モデルによるシミュレーションでは、セロトニン神経活動の活性化が、将来報酬に対する内的な確信度、つまり「楽観」を高める可能性が示されています。これらの結果から、宮崎博士らはセロトニンに楽観・悲観を調節する働きがあると考えています。この実験から、報酬などの「喜び」や、電気刺激から逃れる「苦しみの回避」という異なる目標のための同じ努力行動の中で、「きっとうまくいく」「どうせだめだ」という楽観・悲観はいかにして生まれるのか、その神経メカニズムに迫ります。

宮崎佳代子博士は次のように研究成果についての思いを述べました。「大きな目標を達成するためには様々な困難を乗り越える必要がありますが、このとき「きっとうまくいく」という楽観は過度な不安や悲観を押しのける大切なこころの活力の一つです。未来を担う子どもたちが夢や希望に向かう中で困難に直面したとき、自分を信じて前に進む力の糧になるような成果を得たいと考えています。」

「ムーンショット型研究開発事業が目指す『人々の幸福(Human Well-being)』の実現のための壮大な取り組みに参加できることを大変嬉しく、光栄に思います。このプロジェクトはこれまでOISTで積み重ねてきた私たちの研究成果から生まれた新たな挑戦です。本事業の成功に良い形で貢献できればと考えております。」と宮崎勝彦博士はプロジェクトへの意気込みを語りました。

本研究成果は将来的にセロトニンの関与が示唆される精神疾患の神経機構解明や、次世代の人工知能開発などへの貢献も期待されます。

OISTでは他にもムーンショット事業に携わっている研究者がいます。量子情報物理実験ユニットの高橋優樹准教授や、量子ダイナミクスユニットのグループリーダーである久保結丸博士が、耐性型汎用量子コンピュータの実現に向けたプロジェクトでムーンショット事業に参加しています。

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