まだ来ぬ報酬を待ち続けるにはセロトニン神経活動が必要

諦めやすい人と辛抱強い人との間には脳内メカニズムにどのような違いがあるのでしょうか?これまでOIST神経計算ユニットでは、脳内の神経伝達物質であるセロトニンと辛抱強く待つことの間に関わりがあることを示してきましたが、明確な因果関係があるかどうかは謎でした。この度、セロトニン神経細胞の活動を抑制すると、予測される報酬を待つことを諦めやすくなることが明らかになりました。

 私たちの日常生活において、良い結果を得るためには辛抱強く待つことが必要なことがあります。例えば、「遊園地で魅力的な乗り物に乗るために長蛇の列に並ぶ」ことや「流星群を見るために首が痛くても夜空を見上げ続ける」ことがこれにあたり、人は辛抱強く待てば将来的に報酬が得られると予測される時、その価値に応じてどれほどの待ち時間に耐えるかを決定しています。では、諦めやすい人と辛抱強い人との間には脳内メカニズムにどのような違いがあるのでしょうか?これまでOIST神経計算ユニットの宮崎佳代子研究員、宮崎勝彦研究員、銅谷賢治教授は、脳内の神経伝達物質であるセロトニンと辛抱強く待つことの間に関わりがあることを示してきました。しかし、そこに明確な因果関係があるかどうかは謎でした。しかし、2012年8月1日発行のJournal of Neuroscience(米国)に発表された今回の実験成果で、同研究員らはラットの脳内に直接薬剤を投与することによって、セロトニン神経細胞の活動を抑制すると、予測される報酬を待つことを諦めやすくなることを明らかにしました。

 本実験では、まず5匹のラットに直径1.5mのオープンフィールドに設置されたエサ場と水場を交互に訪れることで報酬を獲得できる課題を学習させました。エサ場と水場にはそれぞれ小窓が付いていて、ラットがその小窓に鼻先を入れる(ノーズポーク)ことによってエサ場では一粒の小さなエサが、水場では水を出すチューブが数秒間提示されます。報酬の与え方として、ノーズポークを2秒間続けると報酬が提示される条件(短期遅延報酬条件)と7~11秒間続けないと報酬が獲得できない条件(長期遅延報酬条件)の二つを用意しました。そして学習完了後、大脳や小脳の広い範囲にセロトニンを放出する神経細胞が集まる背側縫線核に微少透析プローブを埋め込み、薬剤を一時的に脳内に投与できる状態にしました。実験ではセロトニン神経活動を抑制する作用のある薬剤(8-OH-DPAT)を、プローブを介して脳内に局所投与しました。背側縫線核にこの薬剤を投与すると実際にセロトニン神経活動が抑制されることは、セロトニン神経の投射先の一つである前頭前野のセロトニン濃度が投与前の半分以下になることで確認されました。

 「セロトニン神経活動の抑制はラットの行動に明確な影響を及ぼしていることが明らかになりました。」と、宮崎佳代子研究員は語った上で、「短期遅延報酬条件では薬剤投与前と比べて変化が見られなかった一方、長期遅延報酬条件では報酬をじっと待つ行動を続けられず報酬獲得に失敗する回数が増えました。このことはセロトニン神経活動の抑制がラットの運動制御や認知機能、例えば次にどちらの報酬場を訪れなければならないなどには影響を及ぼさず、長期間報酬を辛抱強く待つという行動を特に阻害していることを示しています。」と、述べています。背側縫線核への薬剤投与を終了して2時間前後で前頭前野のセロトニン濃度は通常レベルまで回復しましたが、この条件で再び長期遅延報酬課題を行わせると、薬剤投与前と同様に再び報酬を待ち続けることができるようになりました。

 辛抱強さや衝動性について、脳内セロトニンの操作による影響を調べたこれまでの研究では様々な結果が報告されていますが、統一的な見解は得られていませんでした。その主な理由として、使用された薬剤が脳の異なった場所に存在する多くのセロトニン受容体に影響を与え、その結果複雑な反応を引き起こしたことが推測されます。本研究グループでは、脳内微少透析法を用いて背側縫線核に薬剤を急性に局所投与することで、行動しているラットの上行性セロトニン系の活動を選択的に抑制することを可能にし、この結果初めてセロトニンと将来の報酬に対する辛抱強さの制御との因果関係を示すことに成功しました。

 遅延報酬を待つ時にセロトニン神経活動が増加することを見出した本グループのこれまでの研究と共に、今回の発見はセロトニンを放出する神経細胞が辛抱強く遅延報酬を待つかどうかの判断に重要な働きを担っていることが明らかになりました。グループでは、次にこのようなセロトニン神経活動を形成する神経回路について調べることを予定しています。今後もセロトニンが行動や学習の形成にどのような役割を担うのかについて包括的に理解するための研究を進めることで、セロトニンの関わりが示唆されているうつ病や薬物依存などの精神疾患の原因の究明に向けた貢献が期待されます。

 

発表論文 詳細

発表先および発表日:

Journal of Neuroscience(ジャーナル オブ ニューロサイエンス)

オンライン版:2012年8月1日 (水曜日) 7時00分AM (日本時間)

印刷版:2012年8月1日 (水曜日)

 

論文タイトル:Activation of dorsal raphe serotonin neurons is necessary for waiting for delayed rewards

背側縫線核のセロトニン神経細胞の活性化は、遅延報酬の待機行動に必要である。

 

著者:Kayoko W. Miyazaki1, Katsuhiko Miyazaki1, Kenji Doya1, 2

1 Neural Computation Unit, Okinawa Institute of Science and Technology Graduate University (OIST), Onna-son, Kunigami, Okinawa, 904-0495, Japan

2 Advanced Telecommunications Research Institute International, Kyoto 619- 0288, Japan

 

研究ユニット

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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