OISTの数学者軍団が、自然現象予測やがん早期発見のための新しい数学に挑む

OISTを世界をリードする数学研究の拠点にするという目標を掲げた解析と偏微分方程式ユニットのウグル・アブドゥラ教授とチームの紹介。

OISTの解析と偏微分方程式ユニットのメンバーら

偏微分方程式は、純粋数学と応用数学の両分野において重要な役割を果たしています。空間と時間の中で変化するあらゆる量は、ある偏微分方程式を満たすことになります。なぜなら、自然界の法則、特に物理学の法則は、空間と時間における変化率と量を関連付けるものだからです。 

ウグル・アブドゥラ教授は、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の解析と偏微分方程式ユニットを率いています。このユニットの目標は、偏微分方程式によって表現される自然現象を反映する数学的原則を明らかにし、分析することです。 

「この部屋の温度分布は、熱方程式または拡散方程式と呼ばれるよく知られた偏微分方程式を満たしています。この方程式は、熱が媒体を通じて時間とともに広がる様子を数学的に記述し、私たちの身の回りの温度変化の本質を捉えているのです」とアブドゥラ教授は辺(偏)微分方程式がいかに私たちにとって身近な存在であるかを説明します。「例えば、発電、電動機、無線通信などの技術は、マクスウェルの方程式と呼ばれる連立偏微分方程式によってモデル化されています。また、一般相対性理論では、アインシュタイン方程式は時空幾何学を質量エネルギー、運動量、応力の分布に関連付ける非線形偏微分方程式の系を形成しています。」 

アゼルバイジャン系米国人のアブドゥラ教授は、ソビエト連邦の一部であったアゼルバイジャンの首都バクーで生まれ育ちました。当時、ノーベル賞受賞者でバクー出身の物理学者レフ・ランダウの名を冠した通りに住んでいました。幼い頃から、数学、物理学、スポーツに秀で、数学オリンピックの国内大会で優勝し、フリースタイルレスリングのチャンピオンにもなったこともあります。優秀な成績で高校を卒業し、学業成績が最も優秀な生徒に贈られる アカデミック・ゴールド・メダルも受賞しました。アブドゥラ教授は15歳でバクー国立大学に入学し、ランダウの足跡をたどるように数学の研究を始めました。21歳でソビエト連邦科学アカデミーにて博士号を取得、27歳で教授に就任しました。その後、英国、ドイツ、米国で教授職に就くという華々しいキャリアを送ってきましたが、2022年、OISTのユニークな研究・教育環境に惹かれ、OISTの一員となりました。 

Prof. Ugur Abdulla
OISTの解析と偏微分方程式ユニットを率いるウグル・アブドゥラ教授。

OISTの解析と偏微分方程式ユニットのメンバーら
OISTの解析と偏微分方程式ユニットのメンバーら。(左から)デニス・ブラツケ博士、博士課程学生のチェンミング・ジェンさん、ダニエル・ティーツ博士、ウグル・アブドゥラ教授、ジョゼ・ロドリゲス博士、リサーチユニットアドミニストレーターの徳田美和子さん、ゼタオー・チェン博士。
マール・ナイドゥ(OIST)

泳いでいるときに、コルモゴロフの問題を解く 

2008年、アブドゥラ教授は、1928年に数学者アンドレイ・コルモゴロフが提起した長い間未解決だった数学的問題を解き明かしました。無限遠点での時空幾何学が拡散過程における特異点の形成とどのように関係しているかを解明し、その過程の予測可能性を検証できる数学的規則を証明したのです。これは、彼の輝かしい研究キャリアの中でも最も重要なブレイクスルーでした。長年の研究の末にコルモゴロフの問題を解いた瞬間を、アブドゥラ教授は生き生きと語ります。「私は、ソビエトの偉大な数学者アンドレイ・コルモゴロフと、アメリカの偉大な数学者ノーバート・ウィーナーという二人の偉人の肩の上に立っているような気持ちでした。問題を解いたときのことをはっきりと覚えています。泳いでいるときに、突然ひらめいたのです。プールから飛び出すのではなく、その忘れられない瞬間を味わうために、そのまま泳ぎ続けました。」  

彼の研究室で一緒に働くダニエル・ティーツ博士は、アブドゥラ教授の研究をさらに発展させています。「私は、アブドゥラ教授が熱方程式について発見した知見を、より一般的な状況を考慮しながら発展させています。異方性材料(測定する方向によって特性が変化する物質)を伝わる熱の動きを研究しています。異方性材料は、方向によって異なる伝導特性を持っています。これらの特性が熱の流れにどのような影響を与えるのか、また、この流れがどのように数学的に記述できるのかを理解したいと考えています。」 

アブドゥラ教授は、主要な数学的問題を解決するには、革新的なアプローチと他の数学者による慎重な検証がしばしば必要であると説明します。コルモゴロフの問題に対する教授の解決策は、特異点に関する洞察をもたらしました。数学における特異点とは、数学的計算が破綻したり、無限大になったりする点を指します。多くの場合、こうした特異点は、宇宙のブラックホールや乱流など、重大な自然現象を表しています。教授が発表した最近の論文では、特異点を理解するための包括的な方法を提供しており、数学や科学におけるいくつかの未解決の問題の解決に役立つ可能性があります。 

偏微分方程式で、がんの早期発見  

同ユニットでは、社会が抱える大きな健康問題の一つであるがんに取り組むプロジェクトを進めています。がんの早期発見は、効果的な治療を行う上で極めて重要です。アブドゥラ教授と米国の共同研究者たちは、安全で非侵襲的なイメージング技術の電気インピーダンス・トモグラフィ(EIT)と偏微分方程式の最適制御理論を基に、がん性腫瘍の早期発見のための新たな手法を開発しました。このプロジェクトは、アブドゥラ教授にとって個人的な意味合いも持っています。というのも、親しい親族を侵攻性のがんで亡くしているからです。 

この技術では、体に微弱な電流を流し、電圧を測定します。この方法は、がん性腫瘍の電気伝導率が健康な組織の2倍であるという事実に基づいています。複数の角度から電気測定を行い、偏微分方程式を用いて分析することで、必要なデータの収集を行い、詳細な画像を作成して、がんの可能性がある場所を明らかにします。 

がん性腫瘍検出の3Dプロット 
新しい方法を検証するために、研究チームは腫瘍の位置が既知である例をシミュレートし、電気インピーダンス・トモグラフィ(EIT)と偏微分方程式の最適制御理論を用い、腫瘍の位置をどの程度正確に特定できるかを試した。 (a) がん性腫瘍の実際の位置、 (b) 再構成画像と腫瘍の実際の位置、 (c) 実際のがん性腫瘍の断面、 (d) 腫瘍の再構成断面。

難しいのは、体の表面の小さな部分で測定したデータから体内の様子を把握することです。これは「逆問題」と呼ばれ、不安定な状況下で複雑な数学的問題を解決する必要があるため、数学者やコンピューター科学者にとって大きな課題となっています。この新しい手法は、こうした問題を克服しています。 

このがん検出法の計算フレームワークを開発した同ユニットの研究者ジョゼ・ロドリゲス博士は、「最近、私たちは数値実験を通じてアブドゥラ教授の新しい手法を検証するためにコンピューターコードを作成しました。その結果、この手法ががんの発生領域を高解像度で特定する強力な方法であることが分かりました。次のステップは、医師や医療機関と協力して、実際の医療データでこの技術を検証し、患者のがんの早期発見に役立てることです」と付け加えました。 

OISTを世界的な数学研究の拠点に  

アブドゥラ教授は、OISTを世界をリードする数学研究の拠点にするという目標を持ってOISTに加わりました。「私たちは、OISTを数学の知識を世界に発信する拠点にしたいと考えています。提携機関との共同研究を通じて、世界中のさまざまな地域とつながり、知識を共有し、博士課程の学生に数学の最前線で最先端の問題に取り組む機会を提供したいと考えています。」 

同ユニットが世界の数学コミュニティを結びつける一例として、7月29日から8月9日まで、OISTで開催した「OIST-Oxford-SLMath Summer School 2024」があります。この共同イベントには、日本の五つの教育機関を含む、世界35大学から、博士課程の学生40人が集まりました。プログラムでは、アブドゥラ教授とオックスフォード大学のGui-Qiang G. Chen教授による二つのミニコースを開催しました。コースでは偏微分方程式のさまざまな側面が取り上げられ、参加者はこの分野における現在の課題と手法について幅広い理解を得ることができました。 

ニューヨーク市立大学シティカレッジ講師のMaría Sánchez-Muñiz博士は、幼い娘を連れてサマースクールに参加しました。非対称的な融解が、永久凍土の融解地域で観測されるメタンガスの爆発的な放出のような現象を説明するのに役立つかどうかを調査している Sánchez-Muñiz博士は、「永久凍土の融解の熱力学を分析するために、偏微分方程式を使用した概念モデルを開発しています。放物型偏微分方程式でモデル化した土壌層を通る熱拡散が、地球の気温上昇に反応して永久凍土で起こる複雑な相転移をどのように捉えるかを調査しています」と研究について説明しました。 

アリゾナ大学の博士課程に在籍するAyrton Pablo Almada Jimenezさんは、このコースに興味を持った理由を次のように説明しました。「私は、送配電網のシミュレーションと、送配電網に関わる稀な事象の分析に取り組んでいます。私たちが実施する分析のほとんどは偏微分方程式の解を求める必要があるので、基本原理を復習し、古典的な偏微分方程式の問題を解決するための新しいテクニックを学ぶことができて、とても楽しいです。」 

「OIST-Oxford-SLMath Summer School 2024」の初日に講義を行うウグル・アブドゥラ教授
7月29日から8月9日までOISTで開催した「OIST-Oxford-SLMath Summer School 2024」の初日、ウグル・アブドゥラ教授が講義を行った。この共同イベントには、世界35大学から博士課程の学生40人が参加した。
マール・ナイドゥ(OIST)

アブドゥラ教授は、マサチューセッツ工科大学(MIT)、オックスフォード大学、カリフォルニア大学バークレー校、アリゾナ大学、アラバマ大学の同僚らとともに、SLMathで「自然現象を表す特異点と偏微分方程式」をテーマとした学期セメスタープログラムを企画しています。このプログラムでは、解析学および偏微分方程式の主要4分野(ポテンシャル論、非線形双曲型保存則、非線形シュレディンガー方程式、流体力学)の専門家が一堂に会します。同プログラムは、この分野の知識を深め、博士課程の学生やポスドク科学者を育成し、研究者間の共同研究を促進する最先端のフォーラムとなることが期待されています。 

同ユニットの研究の詳細と今後のイベントについては、こちらをご覧ください。 

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