外部構造に基づいたウイルス分類の正当性を数学で検証する
このたび、沖縄科学技術大学院大学のロバート・シンクレア准教授が、ヘルシンキ大学のDennis Bamford教授およびJanne Ravantti博士と共同で、ウイルスの構造に基づいたウイルス分類システムの有用性を裏付けることに成功しました。
研究チームは、新たな高精度計算ツールを試作し、類似した外部構造をもつウイルス間では、遺伝情報も類似していることを検出することに用いました。形態と同様に遺伝情報も類似している点は、従来の計算ツールでは検出できませんでした。配列が類似していることは、解析した種が共通した祖先に由来することを示唆します。仮に外部構造の類似が、収斂として知られる、同じ環境からの選択圧によるとしたら、今回のような発見は得られなかったでしょう。
ウイルス学の専門学術誌Journal of Virology誌に発表された今回の研究成果は、ウイルスの外部構造が、近縁種を分類する新たな手法となる可能性を示唆しています。この新手法は既存の分類システムを凌駕する精度の高いアプローチと考えられます。さらには、ウイルスの外部構造に基づく分類システムは、既存のシステムでは分類が困難であった突発出現ウィルス(エマージングウイルス)の特定・対処に応用できます。
ウイルスは、その膨大な多様性や高い変異率、異なるウィルス間で遺伝物質を交換する傾向があることから、分類が難しいことで知られています。ウィルスは、生物と多くの類似した特徴をもつものの、宿主細胞がなければ自らを複製することができないため、生と死の概念の境に位置しています。このためウイルスは、現在確立されている細胞生物を対象とした生物分類上で正確に位置付けることが困難です。
現在行われている分類は不十分であり、非常に似たウイルスを全く異なる種類に分類してしまうことがよくあります。さらにこの分類システムは、ウイルスは絶えず変異するという事実に対応できません。
ウイルスの構造中で変異が生じない構成要素を見つけることができれば、より効果的な分類手段の根拠を示すことが可能となり、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)やSARS(重症急性呼吸器症候群)コロナウイルス、ジカウイルスといった突発出現ウイルスに関するより優れた対処法が見つかるかもしれません。
ウイルスの遺伝物質を取り囲むタンパク質の殻「カプシド」においてこれまでに観察された類似性が、Bamford教授が提案したカプシド構造に基づいた分類システムの有効性の根拠となっています。カプシド構造の一部はウイルス間で非常に似通っており、10億年も前に分岐したウイルスの間にも類似性が見られるほどです。このような類似が収斂によるものか、共通祖先によるものかはこれまでも議論されてきました。
ウイルスのカプシド構造に基づいた分類システムの有効性を実証するには、カプシドタンパク質の構成単位であるアミノ酸が近縁種のウイルス間で類似していることを示す必要があります。従来の解析法ではアミノ酸配列の類似性を十分にとらえることができなかったため、ウイルス分類におけるカプシド構造の有用性を低く評価していました。
そこでOIST数理生物学ユニットのシンクレア准教授は、数学とコンピュータサイエンスの分野からアイディアを取り入れ、ヘルシンキ大学の共同研究者らと共に、ウイルスのカプシド構造に基づいた分類が、以前は検出できなかったアミノ酸配列の類似性に裏付けられたものであるかを再調査することにしました。「従来の分析機器は、アミノ酸配列間の類似性を素早く検出する一方で、関連性のある箇所を見落とすことがあります」とシンクレア准教授は説明します。「私たちは、多少時間はかかっても、微妙な差を検知することができるオーソドックスな検出法を導入しました」。
研究チームは、20面体ウイルスにおいて外被タンパク質アミノ酸配列間の類似性を検出するため、新たな計算ツールのプロトタイプを開発し、「ヘルシンキ・オキナワ配列類似性(HOSS)」と命名しました。同チームはこれに加え、ヌクレオチド配列間の類似性も調べました。
「ウイルスのアミノ酸とヌクレオチド配列を2つ、あるいは3つ一組で無作為に入れ替える解析を行いました。タンパク質アミノ酸配列間の類似性が以前は検出することが不可能であった17%以下であっても、我々の手法は配列類似性を検出できることが統計的に分かりました。これは、従来の分析機器の検出能力よりもかなり低い類似性での検出です」とBamford教授は説明します。
HOSSはタンパク質とDNA配列における極端に低い類似性を検出しました。ウイルスのカプシドの類似性は、ウイルスが同じ祖先を共有していたことを意味し、これまで言われていた収斂によるものではないことを示唆しています。これは、ウイルスが構造を変化させるのは非常に困難であることを意味しています。このため本研究は、ウイルス構造が有用な分類手段となりうること、また有望な治療法に役立つ可能性を秘めていることを示しています。
「私たちの研究は、初めて構造の系統と配列を包括的に結びつけました」とシンクレア准教授は言います。
研究チームは同手法を用いて、これまで誰も成し遂げることができなかったパンドラウイルス・ドゥルキス(Pandoravirus salinus)のゲノムからカプシド候補遺伝子を特定することにも成功し、新手法の優位性を明らかにしました。
今回の研究で、以前は検出することができなかったウイルス間の類似性が示され、今後はHOSSを上回るより効率的なデータ抽出法の構築に多くの努力が注がれることになります。
「私たちは、ジカウイルスやエボラウイルスに代表されるRNAウイルスに研究の焦点を移し始めたところです。RNAウイルスのゲノムはDNAウイルスに比べてより頻繁に変異が発生することから研究の難易度が増すでしょう。しかし、高精度の手法があれば不可能なことではありません」とシンクレア教授は述べています。