クマノミは人間よりも優れた分類学者である
クマノミは、宿主イソギンチャクと相互共生の関係にあり、その間の関係性はランダムではありません。黄色い尾びれを特徴としたクマノミ(Amphiprion clarkii)のように、ほとんどのイソギンチャク種に共生できる種もいれば、ハマクマノミ(Amphiprion frenatus)のようにバブルチップアネモネ (Entacmaea quadricolor)の1種のみに特異的に共生するものもいます。しかし、宿主イソギンチャクの遺伝的多様性については現在までほとんど明らかにされていないため、こうしたクマノミ類によるイソギンチャク類の宿主の選択の背景は、はっきりとしていません。
沖縄科学技術大学院大学(OIST)海洋生態進化発生生物学ユニットとマリンゲノミックスユニット、台湾の中央研究院の研究チームは、日本における宿主イソギンチャクの進化の歴史について探求しました。柏本理緒さん、メルキャデー・マノン博士、ツヴァレン・ヤンさん、三浦さおり博士、コンスタンチン・カールツリン教授、ラウデット・ヴィンセント教授は、これらの研究成果を米科学雑誌Current Biologyに発表しました。この研究により、主に日本近海で見られるバブルチップアネモネ (Entacmaea quadricolor)に関して、より詳細な遺伝的多様性の結果を見出しました。
研究チームは、人間よりもクマノミ類のイソギンチャク個体を識別する能力が、優れていることを発見しました。クマノミは、1つか、それ以上の感覚器官を通して、特定のイソギンチャク類を識別し、他種類のイソギンチャクを避けて種特異的に共生します。一方、人間はイソギンチャクからサンプルを採取し、その分子データを徹底的に調べることにより、ようやく個々のイソギンチャク種を特定することができます。研究チームはイソギンチャクの遺伝的変異をよりよく理解するために調査を行いました。
宿主イソギンチャクは、Entacmaea属(バブルチップアネモネ)、Stichodactyla属、Heteractis属の3つの異なるグループに進化してきました。現在、宿主イソギンチャクは世界に10種生息し、そのうち7種が沖縄近海に生息することが知られます。研究チームは、これら7種すべてを含む合計55サンプルの触手を、南は沖縄から北は東京までの調査地点で採取しました。
研究チームは、各サンプルに含まれる全ての遺伝子の塩基配列を決定し、RNA分子に含まれる遺伝情報を特定しました。この情報を用いて、系統樹(共通の祖先からどのように進化してきたかを示す、種間の進化的関係を示す図)を作成しました。
調査の結果、バブルチップアネモネには顕著な遺伝的多様性があり、研究チームは4つの遺伝的系統(祖先から進化したと考えられる種の関係)を特定することに成功しました。
本論文の筆頭執筆者でOIST博士課程学生の柏本理緒さんは、「バブルチップアネモネ (Entacmaea属)の系統樹を作成したことで、共通の祖先を持つ2つの主要なグループが沖縄に存在することを明らかにしました。第一のグループは、A、B、Cの3つの系統からなり、クマノミはこれらのバブルチップアネモネに共生します。第二のグループは系統Dで、インド洋のクマノミの一種であるハマクマノミ、別名:トマトアネモネフィッシュの宿主種となっています」と説明しています。
研究チームは野生の環境下で確認できたこの関係性について、飼育下でも同様にクマノミとトマトアネモネフィッシュがイソギンチャクの仲間を区別できるかどうかを調べました。OISTマリン・サイエンス・ステーションの大型水槽を使い、Aグループのイソギンチャクを水槽の一端に、Dグループのイソギンチャクをもう一端に置き、水槽の中央に置いたクマノミとトマトアネモネフィッシュがイソギンチャクに留まるかどうか、留まる場合はどのイソギンチャク群を選んだか実験し、結果を記録しました。
その結果、クマノミはイソギンチャクに留まった場合は、野生の環境下と同様に必ずAグループを選びましたが、イソギンチャクを選ばない魚もいました。トマトアネモネフィッシュの多くは、これも野生の環境下と同様にDグループのイソギンチャクを選びましたが、Aグループを選んだものも非常に少数おり、AグループとDグループどちらのイソギンチャクも選ばなかったものもいました。
海洋生態進化発生生物学ユニットを率いるヴィンセント・ラウデット教授は「今回の実験により、クマノミは、飼育化においても野生環境下と同様に、同じような見た目のイソギンチャクの中から、自分が宿主とするイソギンチャクの系統を認識し、選択することが明らかにされました。私たちはさらに、これらの系統Aおよび系統Dに属するイソギンチャク類では、刺胞(毒針)や、色(蛍光タンパク質)に関連する遺伝子群において 発現パターンに差があることを確認しました。これらの遺伝子発現差は、イソギンチャク類は獲物を捕獲したり身を守ったりする際に使用する毒針の機能(獲物の体の麻痺や消化を促すこと、天敵に対しては守備の役割)に差があることや、イソギンチャク類の体の色の違いに関与している可能性があります。すなわち、これら遺伝子群の発現差によって、クマノミは、人間には区別できないようなイソギンチャクの異なる系統を識別している可能性があります。私たちは、この2つの主要な系統は2つの隠蔽種であり―すなわち、外見からは識別できないが遺伝的に異なる種であると考えています」 と話しました。
この発見は、同じように見えるバブルチップアネモネが、実は遺伝的には2つの異なる種である可能性があること、そして沖縄を含む日本には、これまで考えられていたよりも多くの海洋生物の多様性が存在することを意味しています。
論文情報
広報・取材に関するお問い合わせ
報道関係者専用問い合わせフォーム