サンゴと気候変動の研究最前線: 天然類似現象(ナチュラルアナログ)から読み解く未来の地球
沖縄科学技術大学院大学(OIST)海洋気候変動ユニットの研究者3名は、パラオに位置するニッコー湾での研究活動に参加しました。日本学術振興会(JSPS)の助成によるInternational CO2 & Natural Analogues Network (ICONA、国際CO2・ナチュラルアナログネットワーク)の活動の一環として4月15日から29日にわたって行われたこのプロジェクトには、OISTの他にも、パラオ国際サンゴ礁センターを拠点に研究を行う日本、イタリア、ニューカレドニア、香港、イギリスからのメンバー13名も参加しました。
ナチュラルアナログ(天然類似現象)とは、気候変動によって未来に予測される環境と同じような環境を作り出す、特殊な地理的・化学的条件を持つ特定の地域のことを指します。閉鎖的な形状をした石灰岩のラグーンで形成されるニッコー湾も、そのひとつです。この地域はマングローブが多く、外洋と湾内の水の循環が少ないため、海水の酸素濃度が低く、酸性度が高くかつ高温になっています。このような極限状態でありながら、サンゴ礁や魚がみられるのは、これらの生物たちが環境に何らかの形で適応していることを意味しています。
海洋気候変動ユニットを率いるOISTのティモシー・ラバシ教授は、ナチュラルアナログに生息するこれら魚類やサンゴを研究することで、サンゴ礁の生態系が将来どうなるかを予測できると話します。「例えば、海水の酸性化が今世紀末に達すると予測されているレベルまで進んだ場合、沖縄のサンゴ礁にはどのようなことが起こるのでしょうか?サンゴ礁はどのように変化するのでしょうか?ナチュラルアナログのサンゴ礁と同じようになるのでしょうか?」
ラバシ教授の研究チームは、水中カメラを使用してニッコー湾に多く棲息するマンジュウイシモチという魚類の行動を研究しました。具体的には、水素イオン濃度(pH)が低い場所から捕獲したマンジュウイシモチを正常なpHの水域に移す実験、逆にpHが正常な場所から捕獲したマンジュウイシモチをpHが低い場所に移す実験を行い、魚たちが違う環境に適応するよう4日間水中で放置した後、それぞれの魚の行動の違いを観察しました。
通常のサンゴ礁の環境における魚たちの行動を確認するため、これらの水中調査は自然の環境下で行われました。今後OISTでは、魚の体組織への影響を調べるため、分子生物学的・遺伝学的調査も進める予定です。
ラバシ教授にとって、遺伝学的研究と行動学的研究を組み合わせたのは今回が初めてで、これまで行った研究で最も包括的な実験となりました。「ナチュラルアナログをいくつか観察して分かったことは、サンゴ礁の生態系が単純化して生産性が低くなり、サンゴや魚類の多様性が大幅に低下すると、海洋生態系とそれに依存する地域社会を脅かす可能性があるということです」とラバシ教授は警鐘を鳴らします。
ラバシ教授は、サンゴ礁は最も生産性の高い生態系の一つであり、日本を含むアジア地域の約19億人がサンゴ礁に何らかの形で依存していると説明します。水産物により主なタンパク質を摂取したり生計をたてている地域の人々にとっては、代わりとなる食材や収入源がないことが多いため、サンゴ礁の生産性低下は特にこのような人々の生活を脅かすことになります。
ラバシ教授は、「一度損なわれたサンゴ礁がどのように回復するかは、明らかになっていません。ナチュラルアナログを研究することで、将来どのようなことが起きるかを予測することはできますが、最善の策は、回復させるよりも予防することです。現在、私たちにできる予防策は、CO2排出量を削減することのみです。ナチュラルアナログは、100万年以上かけて形成されたものですが、気候変動の問題は、私たち人間が海洋環境や水質を非常に速く変化させているということです。この速さでは恐らく、生態系の適応が追い付かない可能性があるからです」と説明しています。
ラバシ教授は、観光や漁業など多くの沖縄の産業はサンゴ礁に支えられていることに触れ、「海洋の酸性化や埋め立てによって沖縄のサンゴ礁の破壊が進んでしまえば、地域に深刻な影響が及ぶでしょう。OISTでは、サンゴ礁研究を通して沖縄の過去、現在、そして未来を支えるサンゴ礁の適切な保護に向けた意識向上を目指します」と述べました。
画像提供:Nicolas Job - Nicolas Job | LinkedIn
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