水中の建築家「有孔虫」が海の中を掘削。その効果は?
沖縄科学技術大学院大学(OIST)進化・細胞・共生の生物学ユニットのデヴィ・ラングレ博士は、有孔虫(炭酸カルシウムの殻を形成する単細胞生物)の研究をしています。ラングレ博士と共同研究チームは、海洋生態系において単細胞生物の作った穴が、海底堆積物の酸素分布とバクテリアの多様性に影響を与えていることを初めて明らかにしました。この研究成果は学術誌「Biogeosciences」に掲載されました。
有孔虫は約5億5000万年前から主に海洋に生息してきました。死ぬと殻が海底に堆積して海の堆積物の一部となります。
有孔虫は小さな体(直径63〜500マイクロメートル)をした微生物ですが、単細胞生物としては比較的大きい部類に入り、種によって多種多様な形をしています。河口から深海まで、あらゆる海底堆積物に生息し、豊富に存在しています。
殻が化石化するため、長年、地質学者らによる研究の対象となってきましたが、その生態についてはよく分かっていません。ラングレ博士は、有孔虫が堆積物の中をどのように移動し、海底の生態系全体にどのような影響を与えているのかを明らかにしようとしています。
生物が堆積物の中を移動したり、巣穴を作ったりすることで、「生物擾乱(じょうらん)」が起こります。これにより、堆積物粒子の大きさや混合に影響を与え、堆積物を通過する水を調整したり、堆積物の化学組成を変化させます。
アリやミミズ、土壌微生物など、生物擾乱を引き起こす生物は、しばしば「土壌の耕作者」と呼ばれ、栄養素の利用可能性を決定し、多くの生物に餌や隠れ家を提供する重要な役割を果たしています。また、「生態系サービス」と総称される多くの自然プロセスや産物にも大きく貢献しており、私たち人類も多大な恩恵を受けています。
「通常、海底堆積物の表面では、堆積物に生息する生物が酸素を消費し、深くなるにつれて酸素量は減少します。私たちは有孔虫が移動したり巣穴を作ったりすると、堆積物中の酸素濃度分布に影響を与えるのか、疑問に思うようになりました」とラングレ博士は話します。
「有孔虫が堆積物の化学的性質や酸素濃度に影響を与える、という仮説は長い間ありましたが、有孔虫はとても小さく、その影響を検出するのが困難なために、検証されませんでした」これまでの研究では、ミミズのような大型の多細胞生物が巣穴を作ることで堆積物中の酸素透過性を高めることは示されてきましたが、有孔虫のような単細胞生物については示されたことがありませんでした。
有孔虫は、巣穴を作ることで、生態系全体を小規模にエンジニアリングし、通常は酸素がないために生息できない堆積物の奥深くでも生息しています。研究チームは、有孔虫が巣穴を通して酸素を供給するだけでなく、有機物やバクテリアの多様性、ひいては堆積物中に存在する餌の量にも影響を与えていることを突き止めました。
実験用に十分な数の有孔虫を確保するのに苦労したとラングレ博士は明かします。「大きな水槽で堆積物が多い場合、多くの有孔虫を調べる必要があり、有孔虫の数を確認するため、有孔虫を分離するのに長い時間がかかります。ですから、少量の堆積物で実験を行いました。小型化、つまり小さなシステムでの実験が重要なのです。」
有孔虫は体長が非常に小さく、環境に与える影響も比較的小さいため、実験にはマイクロセンサーと呼ばれる精密な機器を用い、堆積物中の酸素濃度分布を正確に測定しました。
ラングレ博士は、水で満たした水槽にそれぞれ幅1センチほどの小さな堆積物サンプルを入れて実験を行いました。このサンプルに有孔虫を加え、数日おきに深さごとの酸素濃度の変化を測定した結果、酸素が巣穴を通じて堆積物の奥深くまで送られ、酸素量が15〜20%増加することを確認しました。これにより、有機物が減少することで、バクテリアが減少し、最終的に、水中からの堆積物への酸素の移動が減少します。
ラングレ博士は今後、有孔虫と同程度の大きさの他の生物、そしてミミズのようなより大きな生物との相互作用についても研究する予定です。「有孔虫はミミズが作った巣穴と影響し合っているのでしょうか。有孔虫がミミズの巣穴による効果を増幅させている可能性は?」とラングレ博士は問い掛けます。これらの疑問が、今後の研究を方向付けるものとなるでしょう。
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