脳と行動の複雑さを捉える適応モデル

よりシンプルな構成要素への細分化により、経時変化する動的システムの詳細を研究者らが解明しました。

  動物の行動を研究する科学者にとって、最もシンプルな神経回路をもつ線虫であっても、その行動を理解するのは大変困難な作業です。這いまわる虫、群がる鳥、歩行する人間の動きは、刻一刻と変化し、全てを裸眼で捉えることは不可能です。しかしこの度、沖縄科学技術大学院大学(OIST)とアムステルダム自由大学の研究者らは、この動的なふるまいを、理解可能な動きの集合体ごとに解析する方法を開発しました。

  「単に前方、後方、旋回といったように動きを分類しても、見るだけでは確かなことは断定できません」と、グレッグ・スティーブンズ准教授率いるOIST理論生物物理学ユニットおよび丸山一郎教授率いる情報処理生物学ユニット所属の博士学生で、本論文共著者であるトシフ・アフメット氏は説明します。本研究では、観察に際し、適応モデルを用いることで、モデルなしでは見逃していたはずの微妙な差異を見い出したのです。「この方法を用いれば、動きの詳細部分を見逃さずに済むのです。」

  2019年1月17日、米国科学アカデミー紀要の電子版に発表された本研究は、複雑な動作がよりシンプルな線形パターンの動きの集合体で表せることを見出しました。研究者らは、これらのパターンが、時間の経過とともにどのように変化したかを元に、データを別々のタイムウィンドウに分けました。さらに、統計的に類似しているようなタイムウィンドウをクラスター化することにより、本モデルを用いて、変化する動物の脳の状態、および運動行動における異なるパターンを明らかにしました。

  「モデルをつくる上で、最初はできるだけ憶測をしないで取り組みます。データを見ることで、動物の行動がわかってくるのです。新しい行動パターンをいくつもを見い出すことが出来ますからこれは非常に役立ちます」と、論文筆頭著者のアムステルダム自由大学物理天文学科の大学院生のアントニオ・コスタ氏は説明を加えます。

 

OIST理論生物物理学ユニットとアムステルダム自由大学の研究者らは、話し言葉を音素に分解する時のように、線虫 C. elegance の複雑な動きをよりシンプルな構成要素に細分化する局所線形解析を行った。上のビデオは線虫の動作の一部を示しており、これが逆方向、旋回、前進の動きに分けられる(下図参照)
António Carlos da Costa, Vrije Universiteit Amsterdam

見た目ほど単純ではない「這う」動作

  本モデルにより、運動の中でも最もシンプルな動きのひとつの基礎となる、複雑性を見出すことができました。それは、「クロール=這う」という動作です。研究者らは、線虫が這いながら前進したり、旋回したり、逆方向に進むために向きを反転させる様子を観察することができます。これらのふるまいは単純に見えますが、よく調べてみると、それぞれの運動は多様性と微妙な差異を含んでいるのです。

  這う動作のやり方は一つではありません。

  「線虫を観察することによって、大雑把な行動の種類はなんとなく、我々もわかっていました。しかしそれほど単純な動きではないのです。肉眼では認められない、より微妙な行動様式があるのです」と、アムステルダム自由大学の教授職も兼務するスティーブンズ准教授はコメントしています。

  データによると、線虫は静止してから、ふるまいを瞬間的に切り替えていることがわかります。それはまるで相手の次のパンチに反応して上下に体を動かしたり、かわしたりする機敏なボクサーのようで、線虫の動きは、1つのパターンから次のパターンの動きへと変遷するのです。これまでの研究では、ヒトなどのより複雑な生物も、このような適応性を持つことが示唆されています。今回開発されたモデリング方法により、これらのダイナミクスを、直接定量化できるようになりました。

 

肉眼では、線虫 C. eleganceは、前進(左図)、後退(右図)、旋回(真ん中の図)の動きをしているように見える。 動的システムをモデル化する新しい方法により、OIST理論生物物理学ユニットとアムステルダム自由大学の研究者らは、それぞれの動きにおける微妙な差異を明らかにした。
António Carlos da Costa, Vrije Universiteit Amsterdam

さらなるアプリケーション

  研究者らは線虫のふるまいのモデリングの他に、線虫の脳全体、マウスの視覚野のニューロン、そしてサルの大脳皮質それぞれにおけるダイナミクスを定量化しました。

  「驚きました。私たちの方法は単純なものですが、様々な複雑系を解釈するのに非常に役立つことが証明されました」とスティーブンズ准教授は語ります。動的システムは、脳内だけでなく、自然界のいたるところに見られます。流体力学、乱流、さらに鳥の群れの集団行動でさえも、この新しい方法をもってすれば解読可能な動的システムの具体例となり得ます。この方法を機械学習法と組み合わせることで、依然として課題の残る動画の分類を、静止画同様に行うことができるようになるかもしれません。

  「原則に基づいてダイナミクスを解釈できるようになれば、この方法を多くのシステムに応用できると思います」と、同准教授は締めくくっています。

 

 

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