活動中のニューロンを見る
脳細胞は、体の動きから記憶の形成まで、生命のあらゆる面をコントロールしています。しかし、電気信号の形でニューロンの活動をとらえることは容易ではありません。情報処理は異なるタイムスケールで生じ、膜電位、イオン濃度およびさまざまなシグナル伝達分子の急速な変化が関与します。学術誌 Nature Communications に発表された新たな研究に示されているように、沖縄科学技術大学院大学(OIST)光学ニューロイメージングユニットの研究者は、はっきりと覚醒している動物の単一ニューロンの電気的活動をマッピングできるイメージング技術を開発しました。これは、ニューロンの構造が微細であり、膜電位が急速に変化することから、今まで難しい課題でした。
ニューロンがどのように情報伝達を行っているかを調べた研究のほとんどは、シャーレ内の脳組織の薄い切片中のニューロンから電気信号を記録したものです。このような実験では、他のニューロンからの入力がほぼない単離した状態でニューロンの活動を観察できます。「脳切片法を用いて、ニューロンがどのように働くかについて多くの知見が得られてきました。しかし、動物の生体内では一つのニューロンが数千ものニューロンと接続しており、この方法だとニューロンの機能の全体像を得ることはできません。でも、私たちの技術をもってすれば、この課題を乗り越えられます」と、今回研究を主宰したベアン・クン准教授は説明しています。
クン准教授と、研究当時OISTのポスドク研究員であるクリストファー・ルーム博士は、この新しい技術を使用して、主として運動機能を司る小脳に存在するプルキンエ細胞の活動を記録しました。マウスでは、このようなプルキンエ細胞のそれぞれが、約20,000個の他のニューロンからの情報入力を受けます。ヒトの場合、このようなニューロンの数はおよそ200,000個となります。
今回研究者たちを成功に導いたのは、ドイツのマックス・プランク生化学研究所が開発したANNINEと呼ばれるオレンジ色の色素にあります。クン准教授は20年前にこの色素の開発に関わり、それ以来、膜電位イメージングに使用するための最適化に携わってきました。この色素とそれに伴うイメージング技術により、ニューロンのごく微小な膜電位の変化も検出できるようになりました。
この新しい技術を開発するにあたり、倫理的および科学的観点から、動物愛護が最優先されました。まず、マウスの脳内のプルキンエ細胞にアクセスするために頭蓋をほんのわずかに切開し、ニューロン内のカルシウムイオン濃度測定用の緑色色素であるGCaMPというタンパク質が産生されるよう、ニューロンの遺伝子組換えを行いました。ルーム博士はその切開を閉じる際にニューロンの活動を観察する窓を作り、更にその上の開閉口を通して脳内ニューロンへのアクセスを可能にする特別な技術を開発しました。この開閉口により、微小なピペットを使用して、膜電位感受性のANNINE色素をひとつひとつの細胞ごとに注入することが可能となりました。ANNINEとGCaMPによるニューロンの二重染色により、膜電位およびカルシウム濃度を同時にイメージングすることでその活動をマッピングできるというわけです。
ニューロンが活性化されると、その膜電位が1/1000秒以内に変化します。また、活性化により細胞内のカルシウム濃度も変動しますが、その変化はおよそ膜電位変化の10倍から100倍ゆっくりしています。そのため、膜電位の変化をマッピングすることで、カルシウムイオン濃度の測定で検出されるものとは異なるシグナルを単一のニューロン内で検出できます。この膜電位マッピング技術に基づいて、クン准教授とルーム博士は、個々のプルキンエ細胞が1秒当たり約5000のシグナルを他のニューロンから受信すると算定しました。以下に示すイメージで、赤色の点と線でその入力が表されています。
「これは多くの面における『初めて』に成功した研究です」と、クン准教授は言います。覚醒している動物内の単一ニューロンの活動を検出し、マッピングするために膜電位感受性色素を初めて使用しただけではなく、電気的活動とカルシウムイオン濃度の同時イメージングも初めて行うことに成功しました。「この研究で得た光学的記録は、覚醒している動物における単一ニューロンの働きに関するこれまでで最も仔細な観察所見です」と、クン准教授は付け加えました。この新しい技術により、神経科学分野の研究者たちは脳の基本的な構成単位であるニューロンが、覚醒状態にあって健常な反応を示す動物内でどのように機能するかを知ることができる、とクン准教授らは考えています。
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