研究の飛躍的発展をもたらすシナプスの探索
記憶はどのようにして生じるのでしょうか。身体の動きや思考はどうでしょう?これらすべての脳のはたらきを理解するための鍵がシナプスにあります。シナプスは、2つの神経細胞の接点であり、ここを介してひとつの神経細胞から他の神経細胞に信号が一方向に伝達されます。具体的には、信号を出す神経細胞(シナプス前細胞)の末端から、信号を受け取る神経細胞(シナプス後細胞)に送られます。この信号伝達プロセスには、多種類のタンパク質が関わり、これによって、私たちは例えば、「友達の名前を覚える」ことができるようになります。シナプスでは、ひとつの神経細胞から他の神経細胞に「メッセージ」を伝えるだけではなく、そのメッセージを伝えるために必要なシナプスの強度を短期間、または長期間保持するによって記憶形成における主要な役割を担います。
シナプスの機能不全は、アルツハイマー病やパーキンソン病のような神経変性疾患の初期段階に起こると考えられています。そのため、シナプス内における病的変化を理解することは、これらの疾病を制御する薬物の開発につながります。しかし通常のシナプスはサイズが小さすぎて、シナプス前細胞内記録ができないという問題があります。高性能な顕微鏡であっても、シナプス内で何が起きているかを見ることは困難です。しかし今回、沖縄科学技術大学院大学(OIST)と同志社大学の共同研究で、この問題を解決する方法が見つかりました。シナプス内で何が起こっているかを直接モニターできる大きなシナプスを作り出す方法を発見したのです。
高橋智幸教授率いるOIST細胞分子シナプス機能ユニットのディミタル・ディミトロフ博士らは、Journal of Neuroscience(ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス)に掲載された論文で、巨大シナプスを培養する新たな方法を発表しています。研究者たちは、マウスの脳の特定の領域から神経細胞を取り出し、培養皿で育て、巨大シナプスを作りました。このように培養された巨大シナプスは、通常の小さなシナプスと異なり、シナプス前細胞は、シナプス後細胞に単に「タッチする」のではなく、シナプス後細胞全体を包み込みます。
この画期的な手法は、試行錯誤の末に編み出されました。それまで研究者たちはスライスしたばかりのマウスの脳や通常型の小さいシナプスの培養細胞を用いてシナプス機構を調べていました。スライスしたばかりの脳を使用すると、大きいサイズのシナプスを観察することはできるものの、時間と共にスライスの状態が悪くなるため、最長1日しか研究に使うことができませんでした。そのような時間内では、神経細胞の遺伝子発現を操作してタンパク質などの分子構成を変化させるような実験を行うことはできません。その上、スライスは細胞密度が高く、十分な透明度を得られないため、高解像度イメージング実験に適していません。
一方、従来型の培養標本は、長時間にわたって使える上に、単一細胞層の組織は光学的イメージングには理想的ですが、シナプスのサイズが小さすぎて、シナプス内で何が起きているかを明らかにすることができません。
ディミトロフ博士らは、これら二つの技術の良いところを組み合わせることをめざして巨大シナプスの培養標本を開発しました。ディミトロフ博士は次のように振り返ります。「当初は、培養液の中で巨大シナプスを再現性良く作製することができませんでした。しかし、しばらくして、巨大シナプスの形成に必要な特異的要素がいくつか見つかりました。」
次のステップは、この巨大シナプス標本を使って、シナプスのタンパク質が神経細胞のシナプス前末端から送られる「メッセージ」の強度にどのように関わるかを探求することです。このような研究を可能にするためには、光学的イメージングや遺伝子操作技術を他の技術と組み合わせる必要があります。ここでいう他の技術とは神経細胞の電気的特性を記録する電気生理学技術で、これによって神経細胞間に伝達された「メッセージ」を同時に記録することができます。
巨大シナプスの培養は、この線に沿って既に有望な研究成果をもたらしています。例えば、高解像度でシナプスの動画を記録すると同時に、神経細胞間で伝達された電気信号の記録を行うことができるようになりました。高橋教授は、「この技術はシナプスの働きの理解をめざす研究に多大な可能性を提供します。今後、この方法を使って、シナプスで何が起きているかをより明確にかつ深く理解することができるようになるでしょう。」と、期待を込めて語りました。
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