ヒトの細胞からヒントを得た新たなドラッグデリバリーシステム
今から60年前のことになりますが、電子顕微鏡像を観察していた研究者たちは、ある種の細胞の「外皮」である細胞膜が高密度に局在し窪んだ構造を形成しているのに気づきました。小さなくぼみのようなかたちから、発見者によって小さな洞窟を意味するカベオラと名付けられたその構造体は、のちにほかの種類の細胞にも多数見つかりました。数ある機能のなかには細胞膜に新しいパッチを輸送する働きがあり、その機能に関与していることが明らかになりました。しかし、その化学的組成は取り扱いが難しく、カベオラがどのように集まり、どのように機能するのかを正確に見極める研究は遅々として進みませんでした。そのような中、8月17日に発表された米科学誌 Cell の論文では、3つの大陸の研究者が集結する研究チームが、カベオラとはどのようなものか、いかに作用するのかといった問題の解明に向けて大きな前進があったことを詳述しています。彼らはドラッグデリバリーの論点を一変しうる考え方に道筋をつけたのです。
この研究チームは、オーストラリアのクイーンズランド大学Robert Parton教授を筆頭に、OIST、インド国立生命科学研究センター、オランダのユトレヒト大学医療センターおよびドイツのマックス・プランク分子細胞生物学・遺伝学研究所の研究者たちが構成しています。研究チームはカベオラとその生成を担うタンパク質、カベオリンについてより多くのことを明らかにするためさまざまなアプローチを試みました。その一つは、通常カベオラを持たない大腸菌の中にヒトのカベオリン遺伝子を組み込むというものでした。その結果、遺伝子を改変したこの細菌はカベオラを発現し、カベオリンが構造体にとってきわめて重要な成分であることが確認されたのです(このほかの主要な成分である脂質とコレステロールはもともと大腸菌に存在しています)。
クイーンズランド大学Parton教授のグループは、カベオラを含む細胞を急速冷凍し、透過型電子顕微鏡を用いてその画像を得ると、データをOISTの構造細胞生物学ユニットを率いるウルフ・スコグランド教授に送りました。スコグランド教授はそのデータを用いて、生きた組織の中にあるかのようなカベオラの三次元画像を再構築しました。その結果、同教授は大腸菌にできたカベオラとヒトのカベオラの外観が同じであることを発見しました。つまり実験で作られたカベオラはオリジナルのカベオラの代替として研究対象になりうるのです。
また一方で、人工のカベオラは安く大量に作ることができるため、大腸菌から生成したカプセル剤を医学的に応用する可能性も秘めています。実際、これによって医学の領域で長年にわたり達成不可能に近いとされてきたものを手中に収められるかもしれません。それは、薬剤を体内の必要な場所、たとえば腫瘍などに正確に届ける仕組みです。この可能性をさらに詳しく研究するため、クイーンズランド大学Parton教授のグループは、標的細胞上の対応する受容体としか結合しないタンパク質を膜組織に組み込み、このタンパク質でカベオラが生成されるかどうかを検証しました。まるで鍵穴に差し込んだ鍵が扉を開くように、このタンパク質がきっかけとなって、標的細胞がカベオラとその内容物を細胞中に取り込むだろうと考えたのです。同グループは実験に成功し、標的細胞には意図せぬ作用がおこらないことも確認しました。理論的には、特殊な技術で作られたカベオラは患者に注入することも可能であり、血流中に浮遊して標的に到達し、搭載した薬剤を害なく届けることができるでしょう。
スコグランド教授は今回の発見について楽観的である一方、「この技術はまだ初期の段階にあり、これが薬剤の送達手段として最終的な形になるかどうかはわかりません。」と話します。同教授の次のステップは、カベオラの構造をより正確に撮影することです。「カベオラがはっきりとした多角形であることはすでにわかっています。私たちはこの形をさらに解明するつもりです。そしてより高い解像度の画像を得て、カベオリンがカベオラの中で組織化される過程を分析したいと思います。」と、同教授は述べています。
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