遺伝子変異はランダムには起こらない
(左より)ニコラス・ラスカム 准教授、 Inigo Martincorena博士、Aswin S. N. Seshasayee 博士
大腸菌の遺伝子はそれぞれ異なる頻度で突然変異します。 これは、大腸菌が株式市場で行われているようなリスクマネージメントを行っているからです。 Inigo Martincorena博士によるこの図は、大腸菌のある塩基配列を背景に 株式市場によく見られる株価の推移を示したチャートを用いて 遺伝子の突然変異の速度と、どの頻度でその変化がもたらされるのかを示しています。
沖縄科学技術大学院大学(OIST)のニコラス・ラスカム准教授の研究チームは、遺伝子変異と進化の機構に関する重要な問題を解明しました。欧州分子生物学研究所(EMBL)の欧州バイオインフォマティクス研究所(EBI)において実施されたこの新しい研究により、生物は最も重要な遺伝子にはほとんど突然変異が起こらないようにすることができる一方、その他の遺伝子については突然変異が起こりやすいままにしていることが示されました。ラスカム准教授とその共著者Inigo Martincorena博士およびAswin S. N. Seshasayee博士による研究結果は、4月22日にNature 誌の電子版に発表されました。
進化は突然変異と淘汰という2つの段階で起こります。遺伝子の突然変異はランダムに起こるもので、時として生物に有利な変化をもたらすものの、多くの場合は有害であるか何の効果ももたらさないと、長い間考えられてきました。淘汰の段階では、有利な突然変異が起こった生物は成長して繁殖する可能性が高く、遺伝子を次世代へと引き継いでいきます。その一方で、有害な突然変異が起こった生物は最終的に死滅してしまいます。ここ数十年の間、研究者の中には、生物が最も重要な遺伝子に対しても、ロシアンルーレットのような危険な賭けとなるランダムな突然変異を許しているという従来の考え方に対して、疑問を呈している人たちがいます。むしろ彼らは、ある遺伝子が他の遺伝子よりも突然変異を起こりやすくしている仕組みがあるに違いないと主張しています。実際に、生き残りに必要な遺伝子は、あまり生き残りに必要ではない遺伝子に比べてずっと遅い速度で進化することが実験によって示されています。しかしながら、突然変異はランダムに起こるわけではないという考え方は、しっかりと検証することが出来ませんでした。なぜなら、淘汰の影響を排除し、突然変異の影響だけを調べる方法がなかったからです。
ラスカム准教授率いる研究チームのメンバー、Inigo Martincorena博士は、互いに近縁の大腸菌34株の膨大な量のゲノム情報を解析することにより、従来の限界を打ち破ることに成功しました。塩基配列が異なる遺伝子を比較することによって、大腸菌間の遺伝子の変化速度の違いの原因に淘汰はほとんど影響していないということが明らかになったのです。これは突然変異がランダムではないということを示唆しています。 Martincorena博士によると、変化速度の差は大きく、ある遺伝子の場合、他の遺伝子と比べて最も差がある場合60分の1の速さで突然変異が起こると言います。
遺伝子のこうした変異性の高さについてラスカム 准教授は、「ゲノムのある部分を優先的に保護するといった分子機構が存在するに違いありません。」と語り、バクテリアとがん細胞には類似点があることから、その分子機構が明らかになれば、医療関連分野の研究で重要な意味を持つのではないかと話しています。例えば、同教授のチームが発見した興味深いパターンの一つに、頻繁に使用されている細菌の遺伝子は、他の遺伝子よりも突然変異が起こりにくいということがありますが、その現象はがん細胞においても認められてきたものであります。
ラスカム准教授は、「この現象に関与するタンパク質を発見し、それがどのように作用するのかが解明できれば、疾患を引き起こす突然変異がヒトではどのように起こるのかについて理解できるようになるでしょう。」と、語っています。
ショーナ・ウィリアムズ
研究ユニット
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