呼吸器感染症の治療にエタノール吸入が有効である可能性
マウスに低濃度のエタノール蒸気を吸入させると、有害な副作用を起こさずにA型インフルエンザの感染を抑えられることが、OISTの研究により明らかになりました。この治療法は、新型コロナウイルスなどの類似のウイルス性感染症にも有効であると考えられます。
今回、呼吸器感染症の治療にエタノール蒸気を利用するアイデアを最初に考案したのは、OISTの量子波光学顕微鏡ユニットを率いる新竹積教授です。新竹教授は、その有効性を検証するため、同OIST石川裕規准教授が率いる免疫シグナルユニットとの共同研究に乗り出しました。
エタノールは体の表面を殺菌する効果があると知られていますが、本研究論文の筆頭著者である玉井美保博士(石川准教授の研究ユニット所属)は、体内でも同様の効果を発揮できるのかを検証しようと考えました。
研究チームは、小さな容器の中に加湿器でエタノール蒸気を発生させ、A型インフルエンザウイルスに感染したマウスに10分間吸入させました。その結果、ウイルスが不活性化したことが確認されました。この研究成果は2023年4月27日、科学誌Journal of Infectious Diseasesに掲載されました。
A型インフルエンザウイルスは、肺細胞を含む気道の表面を覆って保護している液体の薄い層の中に集まります。研究チームは、エタノール蒸気を投与することでこの液体中のエタノール濃度が20%に達すればウイルスを不活性化できると考えています。この濃度は、ヒトの細胞に似せて作成した人工の肺細胞で毒性がないことも確認されています。体温で人工の肺細胞に20%の濃度のエタノールを処理したところ、1分間で細胞の外側のA型インフルエンザウイルスは不活性化し、さらに、細胞内部のウイルスの増加も停止しました。
ここでエタノールの濃度というのが、重要なカギを握っています。ウイルスを不活性化するためには、濃度が適切でなければ、効果を発揮しないからです。
A型インフルエンザウイルスは、「エンベロープ」と呼ばれる被膜を持っています。これまでパンデミックを引き起こしたすべてのウイルスも同じ「エンベロープウイルス」です。石川准教授は、エタノール蒸気で新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)など他のエンベロープウイルスも不活化できる可能性があるとし、次のパンデミックが起こった時には、エタノール蒸気の吸入療法を行うことですぐに疾患の予防や治療が可能となるかもしれないと考えています。
新竹教授もこの意見に同意しており、この治療法は、どの変異型のウイルスにも有効であると予想しています。エタノール蒸気の吸入療法を慎重に行えば、将来のパンデミックを防げる可能性もあるかもしれません。二人は今後、この治療法に関して更に共同研究を続け、鳥インフルエンザウイルスやSARS-CoV-2など、他の呼吸器感染症に対する効果も検証していく予定です。
研究チームは、このエタノール蒸気吸入療法は、さまざまな呼吸器感染症に対して汎用性があり、費用対効果の高い新たな治療法となる大きな可能性があると考えています。その一方で、石川准教授は、この新しい治療法は今後、人間や他の哺乳類で有効性と安全性を慎重に評価する必要があるとし、重篤な副作用をもたらしたり、爆発が起きたりする危険性もあるため、個人の自己判断でエタノール吸入療法を行わないよう注意を促しています。
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