腸内細菌がコロナワクチン免疫反応に及ぼす影響
糖類の一種である「フコース」を分解する腸内細菌が、新型コロナウイルスのmRNAワクチンに対する免疫効果を弱める可能性があることが、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究で明らかになりました。
本研究成果は、4月20日(木)18時(日本時間)に科学誌Communications Biologyに掲載されました。
【概要】
ワクチン接種前の腸内細菌によるフコース消化の活性力が高い人ほど、ワクチン接種によって活性化されるT細胞数が低いということがOISTの研究により明らかになりました。T細胞とは血液中に存在し、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のような特定の細菌やウイルスの株に応戦するために活性化する、重要な免疫細胞です。
本研究成果は、人間の腸内に存在する何兆個もの細菌(腸内細菌叢)が、免疫に重要な影響を与えることを示すとともに、ワクチン接種の効果が人によって異なる理由を説明する新たな答えを提示しています。
【研究の背景と経緯】
今般の研究を行ったOISTの免疫シグナルユニットを率いる石川裕規准教授は、「同じワクチンを接種しても、得られる予防効果の程度は人によってばらつきがあり、その原因は未だはっきりと分かっていません。このばらつきの原因を突き止めることができれば、ワクチンに対する各個人の免疫反応を予測し、予防効果を促進するための新たな戦略を見つけることができるかもしれません」と期待を述べています。
本研究は、新型コロナウイルスのmRNAワクチンによる免疫応答を対象としましたが、研究チームは、この研究成果は他の感染症やがんの予防に向けて開発中の他のmRNAワクチンにも関連付けられる可能性があると考えています。
【研究内容】
石川准教授をはじめとする研究グループは、沖縄県に在住の健康な96名の参加者を対象に、1回目のワクチン接種前から2回目の接種の1ヵ月後までの期間に便の採取と数回の採血を行いました。
そして、血中の免疫細胞の遺伝子や腸内細菌をすべて調査して幅広い解析を行い、個人のT細胞数や抗体値との間に関連性があるかを調べました。
抗体値との有意な関連は見つかりませんでしたが、T細胞の免疫応答が弱い参加者は、フコース消化の活性が高い腸内細菌も持ち合わせていることが明らかになりました。
さらに、これらの参加者においては、FOSとATF3という2つの遺伝子の発現量がワクチン接種前から多かったことも明らかになりました。これらの遺伝子は、血中の免疫細胞から発現し、AP-1という転写因子グループの一部のタンパク質をコードするもので、T細胞の活性化や生存に影響します。
ワクチン接種前にFOSとATF3の発現量が高かった参加者は、フコース消化の活性が高い細菌叢も保有していることが確認されたことから、FOSとATF3が関与する経路を介して腸が免疫系に影響を与えている可能性が示唆されました。
【今後の展開】
筆頭著者である免疫シグナルユニットの廣田雅人さん(OIST博士課程学生)は、次のように説明しています。「このメカニズムについては、まだ証明はされていませんが、ワクチン接種前の血中の免疫細胞において、FOSとATF3の発現量がフコースの消化によって増加し、それが新型コロナワクチンによる免疫応答を弱めると考えています。腸内細菌が免疫系全体の健康状態に重要な影響を与えることは明らかです。」
今後、研究チームは、マウスの腸内細菌に実験的な変更を加えて、細菌叢と免疫応答の関連性をさらに解明していく予定です。
本研究は、OIST、那覇市医師会、KIN放射線治療・健診クリニックによる共同研究であり、OISTの北野宏明教授、マティアス・ウォルフ教授、前プロボストであるメアリ―・コリンズ博士の協力を得て行われました。研究費には、石川准教授が内閣官房のCOVID-19 AI・シミュレーションプロジェクトから得た助成金、ウォルフ教授が日本医療研究開発機構の創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)から得た助成金、そして北野アジャンクト教授が科学技術振興機構の共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)から得た助成金が充てられています。
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