敵をよく知る

沖縄とオーストラリアの科学者が連携し、インド洋から西太平洋地域にまたがるサンゴ礁の脅威である、オニヒトデのゲノム研究を行いました。

 沖縄科学技術大学院大学マリンゲノミックスユニットに所属する学生のケネス・バックマン、蒋口栄一博士、佐藤矩行教授、およびオーストラリアの共同研究者らは、この度genesis誌で新たな研究成果を発表し、オニヒトデ(Acanthaster planci)のHox遺伝子がゲノム上に並んで存在しほぼ完全なクラスター(Hoxクラスター)を形成していることについて報告しています。Hox遺伝子は、動物の体の前後軸に沿った構造のパターン形成を指令する一群の遺伝子であり、ゲノム上にHoxクラスターを形成しますが、オニヒトデと同じ棘皮動物(他にウミユリ、ナマコが含まれる)であるウニでは、Hoxクラスター内の遺伝子の並びに変化が起き正しい配置をとっていないことが報告されています。しかし、この度オニヒトデにおいては、対照的な驚くべき結果が得られました。棘皮動物の発生生物学研究の第一人者であるスタンフォード大学のChristopher Lowe教授は、本論文について、「ウニにみられるHoxクラスターの転座は、棘皮動物の進化を理解する上での大きな妨げとなっていました。本研究により、転座したHoxクラスターは、棘皮動物において典型的とはいえず、むしろ例外的なものだということを示す確たるデータが提供されました。非常に有用な成果です。」と評価しました。

 Hoxクラスターは「進化発生学」の遺伝学的ツールキットとして伝統的に用いられてきました。「進化発生学」とは、発生をコントロールする遺伝的プログラムの研究を指し、このプログラムを動植物の種間で比較することにより進化の道筋が推測できます。Hox遺伝子は、頭尾軸に沿った体節のアイデンティティーを決定します。Hoxクラスターは進化的に保存されており、動物の体の形づくり(ボディプラン)が進化する間、繰り返し転用されてきました。過去の研究では、Hoxクラスターは、脊索動物の脳および中枢神経系領域の発生、脊椎動物の肢芽のアイデンティティー、また伝統的な例では、ショウジョウバエの触角または翅の体節のアイデンティティーを決定・組織化することが認められています。

 一般的に、Hox遺伝子がゲノム上に並ぶ順番は、頭尾軸上の遺伝子発現の位置および発生過程での遺伝子発現の時間的な順番に対応する、「共直線性」が認められます。バックマンは、「例えば、ゲノム上で後方に位置するHox遺伝子と比べて、前方に位置するHox遺伝子は、胎の頭尾軸上においても頭部に近い領域で発現し、発生においても早い段階で発現します」と説明した上で、「ですから、今回の研究で、頭尾軸がある左右対称のボディプランを持つ脊椎動物にみられるようなHoxクラスターが、全く異なる放射状のボディプランを持つヒトデでほぼ完全な形で確認されることに驚きました」と述べました。棘皮動物は発生学にとって、また近年は進化発生学にとっても、標準的なモデル生物です。バックマンは、「OISTウィンターコース複雑システム進化コース(OWECS)に参加した講演者や学生とやり取りすることで、ヒトデにおいてHoxクラスターが完全な形でみつかったことの重要性をあらためて認識しました。」と付け加えました。

 サンゴを摂食する捕食性のオニヒトデは、沖縄はもちろん、オーストラリア近海のサンゴ礁上における密度の劇的変化で有名です。これにより過去50年間でサンゴ礁は看過できないほど減少しています。ここ27年間のグレートバリアリーフのモニタリング調査により、海底がサンゴで覆われている割合を示すサンゴ被度減少の原因としてヒトデが42%を占め、2番目は台風であるということが判明しました。オニヒトデのゲノム研究のそもそもの動機はオニヒトデの分布密度をいかに低くコントロールするかということでしたが、一方でHoxクラスターの本報告は、進化発生生物学研究においてこの種が役に立つ可能性があることを初めて示しました。佐藤教授は、「単一のゲノム配列集団の中に全Hoxクラスターが存在するのを見て我々は興奮しました。ゲノムデータが極めて良質であることを確認する結果となりました」とふりかえりました。

 科学ではよくあることですが、発見はさらなる問いを投げ掛けます。ヒトデに共直線性のHoxクラスターがあるならば、ヒトデのボディプランの組織化において著しい逸脱があるのはなぜでしょうか?ヒトデの発生過程では、そのHoxクラスターの構造によって示唆されるように、脊索動物と同様の方法でHox遺伝子を発現するのでしょうか?バックマンは、彼の博士号取得に向けた研究の一環として、これらの疑問を含む多くの問いに取り組むことを心待ちにしています。「発生生物学の研究をさらに進め、オニヒトデによってもたらされたサンゴ礁の被害を軽減することにつながればと期待しています。」

 OISTでは地元漁師の方々の協力のもと、海洋生態物理学ユニットの中村雅子博士を中心に、他にもオニヒトデの研究を進めています。また、この度のオニヒトデにおけるHoxクラスターの研究成果発表で脚光を浴びた共同研究に加え、近年では沖縄県とオーストラリア海洋科学研究所も、オニヒトデから現存するサンゴ礁を守るプロジェクトへの取り組みに力を注いでいます。

 

(ショーン トゥ)

広報・取材に関するお問い合わせ
報道関係者専用問い合わせフォーム

シェア: