サンゴ礁のとげのある問題に挑む

サンゴの捕食者オニヒトデの進化史の解明に向けて

沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究者らが、サンゴを捕食してサンゴ礁を荒らすオニヒトデ(crown-of-the-thorns starfish, COTS)の進化学的歴史を明らかにしました。研究成果は、これまでの長い歳月の間にオニヒトデの集団がどのように変化してきたのかに光を投げかけ、今後の生態系の破壊防止に向けたヒントを与えるかもしれません。

オニヒトデは毒を持ったトゲに体を覆われた手強い生きものです。しかし、彼らの本当の危険性はその脅威的な生殖能力にあります。一匹の雌が一回の産卵で産む卵の数は何百万〜何千万ともいわれています。これによって、自然や人間によって制御が難しい数のオニヒトデが産まれ、サンゴを捕食してサンゴ礁を急激に破壊するペストとなるのです。

 サンゴ(下)を食い荒らすオニヒトデ(左の青いもの)

沖縄では過去70年に渡ってオニヒトデの大発生が繰り返し起きています。「約40年前に沖縄はオニヒトデの非常に規模の大きな発生(アウトブレイク)に見舞われました。その時はダイバーが海に潜り、150万匹以上ともいわれる数のオニヒトデを一匹一匹手作業で駆除したのです」とOISTマリンゲノミックスユニットのリーダーであり、本研究論文の責任著者である佐藤矩行教授は話します。 

現在、沖縄本島を含む琉球列島の島々ではオニヒトデの大発生は収まりつつありますが、オーストラリアのグレートバリアリーフでは依然として大きな脅威となっています。グレートバリアリーフのサンゴ礁消滅の原因の3分の1はサンゴの白化、3分の1は熱帯性サイクロン、そして残りの3分の1がオニヒトデだと言われています。海水温の上昇や富栄養化などとも関連してオニヒトデ幼生の生存率が増加し、成体の大発生がより頻繁に起こり、被害をもたらすようになっています。

2017年、OISTマリンゲノミックスユニットは、オーストラリアの研究者らと共同で、オニヒトデのゲノム解読に初めて成功し、その成果は科学誌ネイチャーに発表されました。今回、米国遺伝学会の国際科学誌G3: Genes, Genomes, Geneticsで発表された研究で、研究チームは、オニヒトデのゲノムの中に大発生の痕跡が残っていないか、そしてそれによってどのようにして大発生が起きたのかを探ろうとしました。 

まず、琉球列島の3つの島、沖縄島、宮古島、石垣島のサンゴ礁からオニヒトデを集めました。次に、1個体1個体についてミトコンドリアゲノムを構成する約16,200塩基対の完全DNA配列を決定し、個体間での差異を利用して進化の系統樹を作り、分岐年代を推定しました。

チームは、オニヒトデだけの研究ではゲノム内での大発生の痕跡を探るのが難しいと考え、さらに2種類のヒトデ、アオヒトデ(下の写真右)とマヒトデ(下の写真左)で同様の解析を行い、それらを比較することでオニヒトデに固有の特徴を探り出そうと試みました。 

 

マヒトデは日本でも北太平洋海域に生存する最も一般的なヒトデ。一方、アオヒトデは琉球列島の海でよく見られる。 

「アオヒトデは、オニヒトデと同様にサンゴ礁に生息しサンゴを食べますが、オニヒトデのような大発生は決して起こしません」と佐藤教授は話します。「北太平洋に最も一般的に見られるマヒトデは、比較的水温の低い海域に棲んでおり、こちらも大発生は起こしません。」

まず始めに、北太平洋域のマヒトデを東北地方と瀬戸内海の2カ所から採集してきて、その系統学的・集団遺伝学的構成を調べてみると、マヒトデはその棲息域と一致する2つの集団に分かれます。一つの集団を構成する東北地方(青森、岩手、宮城)のマヒトデにはこの集団内でいくらかの遺伝的交流が認められますが、もう一つの、より最近のものと考えられる瀬戸内海の集団はその形成後完全に独立しており、東北集団との遺伝的交流は全くありません。

「マヒトデの幼生が北から瀬戸内海に流入して以来、そこから移動することは殆どなく、また、両域はかなり隔たっていたことから、2つの明確な集団が生まれたものと思われます。一方、東北地方の集団は複雑な海流に乗って移動し、それが青森と宮城間での混在につながっていると思います」と佐藤教授は説明します。 

 

(左)マヒトデを青森(浅虫、赤)、宮城(女川、青)、岡山(牛窓、緑)から採集した。岩手(宮古、黄)は、ここから採集されたマヒトデのデータがすでに発表されておりそれも加えた。(右)2つの集団は約470万年前に分岐したと推定される。 

「次のアオヒトデの結果は、より驚くものとなりました。」

解析によって得られた結果は、アオヒトデがまず2つの大きな系統(集団)に分かれ、次に2つ目の系統がさらにより小さな系統に分岐したことを示しています。ここで興味深いことは、この2つのどちらの系統も沖縄島と石垣島に棲む個体を含んでいることです。つまり、2つの島それぞれに別の系統のアオヒトデが棲息していることになります。

ここから興味深い疑問が生まれます。つまり、同じ地理学的場所に2つの遺伝学的に異なる、すなわち生殖的に隔離された集団が存在することになります。このことは、琉球列島のアオヒトデには2つの隠蔽種(cryptic species)が存在する可能性も示唆します。つまり、形態学的には区別がつかないものの、生殖的交雑を決してしない、異なる種のアオヒトデの存在です。 

 

琉球列島で採集されたアオヒトデは、2つの大きな集団L1とL2/L3に分かれる。L2/L3はさらにL2とL3の集団に分かれる。この系統図は、石垣島と沖縄島のそれぞれには、生殖的に交雑しない、2つの種が存在することを示唆している。 

この結果はまた、アオヒトデの移動が、沖縄島と石垣島の両島双方間で起きていることを示唆しています。つまり、これまで考えられてきたように、強い黒潮の流れが石垣島から沖縄島に向かって北向きに流れることでヒトデの幼生をその流れに沿って移動させていると考えると、説明がつきません。 

「両島間での双方移動が起こっているという事は、琉球列島の表層海流は今まで考えられていたよりもっと複雑だと考えるべきでしょう」と佐藤教授は話します。

オニヒトデの進化的系統樹の解析結果もまた、この海域での表層海流の複雑さを説明しています。まず、琉球列島でのオニヒトデは複数の系統に分かれます。さらにそれぞれの系統で沖縄島、宮古島、西表島の個体が混在していました。これは琉球列島で繰り返し起こるオニヒトデの大発生が、どのようにして、そして次にいつどこで起きるのかを予測する上でのより確かな理論形成に向けた示唆を与えてくれます。 また、オニヒトデの系統分岐は、前述のマヒトデやアオヒトデに比べるとはるかに近代になって起こったと推測されます。 

場所的に混じりあった個体がいくつもの小さな集団を作るということは、いわゆるボトルネック現象と呼ばれ、琉球列島でのオニヒトデは集団が大きくなったり小さくなったり、また大きくなったりを繰り返してきたことになります。

これらの結果から、オニヒトデは、マヒトデやアオヒトデとはかなり異なる進化的系統関係を持っていることが明らかになりました。このことは、集団形成が他のヒトデとは異なり、大発生の謎とも関係すると思われます。

 

沖縄島(青)、宮古島(緑)、西表島(赤)で採集されたオニヒトデは小さな5つの集団に最近分岐したことがわかります。これは集団のサイズが小さくなりそこから複数の新しい系統が生まれたこともを示唆しています

「この結果は、今我々が見ているオニヒトデの大発生は、より大きな縮小と拡大の周期の一部であって、このままいけば、オニヒトデは大量のサンゴを食べ、そして食べ尽くし、やがて死に至ることになることを示しています」と佐藤教授は推論しています。

次のステップとして、研究チームは、オーストラリアの研究者と共同でグレートバリアリーフでのオニヒトデの集団遺伝学を進めています。また、ミトコンドリアの全塩基配列だけでなく、核のゲノム配列情報も使った解析を進めようとしています。 

佐藤教授は、「私たちの研究成果が、オニヒトデ集団の傾向や、その新しい大発生に海流がどのように作用するのかなどを、より正確に理解できるようになればと思っています」と説明し、「新しい知見が将来のオニヒトデの大発生の予測につながる足がかりとなればと思っています」 と今後への期待を語っています。

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ヘッダー写真提供:浅田 渓秋

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