サンゴ礁を救え!養殖サンゴが導く明るい未来

OIST研究者らと地元漁協による産学連携により、サンゴ再生に向けた活動が根付きつつあります。

  サンゴ礁は危機に瀕しています。海洋汚染、海水温の上昇、海洋酸性化の影響で、世界のサンゴ礁生態系は今まさに減少しており、一部はすでに消滅してしまいました。このような危機的状況の中、沖縄科学技術大学院大学(OIST)と東京大学大気海洋研究所(AORI)のサンゴ研究者たちと沖縄の漁業者は、サンゴ群集の再生に向けて協働しています。

  サンゴ礁は、最も多様性に富んだ海洋生物の生息地であり、小さなエビからバスのように大きいジンベイザメまで様々な生き物を育んでいます。豊かなサンゴ礁生態系では、多様な生物を食べ物とする捕食者の多様性をも生み出していると言えます。一方、逆のことも言えます。つまり、サンゴ礁生態系が崩壊すると、それまで生態系が育んでいた生物多様性によって支えられている水産資源も消滅してしまうのです。沖縄県では、2016年に石垣島と西表島の間に広がる日本国内最大のサンゴ礁である石西礁湖において、同年12月時点でサンゴの50%が白化によって死滅していることが環境省の調査で明らかになりました。これは、1998年から2008年にかけて世界のサンゴ礁の19%が消滅している世界の傾向と一致します。

 

サンゴ養殖場(恩納村前兼久)。金属製の支柱の上でサンゴは成長する。
座安佑奈

  沖縄では、サンゴ礁に襲いかかるこの脅威に打ち勝つべく、漁協関係者が手を組んでサンゴの養殖に取り組んでいます。荒廃した森林を復元するために植樹するのと同じ様に、破壊されたサンゴ礁の中に養殖サンゴを定着させることによって「修復」することができるのです。恩納村漁業協同組合に所属する海人(漁師)の方々は、1998年にこの取り組みに着手し、金属製の支柱に取り付けられた養殖サンゴのミニ「森林」を育て始めたのです。

  この度、Restoration Ecology に発表された論文は、恩納村の漁業者と研究者たちの協働による成果です。 OISTの佐藤矩行教授率いるマリン・ゲノミックスユニットの座安佑奈博士らによる本研究は、サンゴ礁の再生を目指して海人たちにより人工的に作られたサンゴ群集を評価しています。

 

座安佑奈博士(右)と論文共同著者の佐藤矩行教授(左)

  サンゴは2つの方法で繁殖します。1つは有性生殖で、精子と卵を必要とします。一方の無性生殖では、サンゴ断片を個別に成長させることにより数を増やします。これは「破片化」と呼ばれるサンゴの種類によっては自然界でもみられるプロセスですが、得られる群体は遺伝的に同一のクローンです。有性生殖には時間がかかります。なぜならサンゴは年に一度しか産卵せず、それが大人のサンゴに成長するまでにはさらに数年かかるからです。これとは対照的に、無性生殖による断片化だとはるかに速く増殖が出来るので、サンゴ養殖家にとって好まれる方法ですが、潜在的に長期的なリスクを伴います。

  座安博士は、「無性生殖で増やされたサンゴ群集は遺伝的多様性が低く、例えば特定の病気に弱いクローンが多く含まれていた場合に、一気に多くの群体が病気にかかるということが起こり得ます。また通常、クローン同士の精子と卵子では子どもができないため、次世代に子孫を残すことができません。」と、説明します。

  こうした理由から、無性生殖で養殖されたサンゴを海の中に移植することは、むしろ害を及ぼしかねないと危惧されていました。恩納村漁業協同組合も同様の懸念をもっていたため、クローンをなるべく増やさないよう努力してきましたが、養殖開始から20年経っているため、OISTの科学者たちがサンゴ養殖場からサンプルを採取し、養殖サンゴと野生のサンゴの間にどれだけ遺伝的違いがあるか、また養殖サンゴにどれだけクローンが含まれているかを明らかにしました。

  研究では、座安博士らのチームが、沖縄で一般的なサンゴの一つであるウスエダミドリイシという種類を使用しました。恩納漁業協同組合が1998年から取り組んでいるサンゴ養殖場の2か所から採取されたサンプルと、琉球列島周辺海域の15ヵ所から採取された野生のサンプルを比較しました。

  サンゴの遺伝的多様性を比較するため、研究チームはマイクロサテライトと呼ばれる、特定の塩基からなる短い繰り返し配列に焦点を当てました。マイクロサテライト領域は多様性が高く、非常に個性的であるため、識別ツールとして有用です。サンゴ群体間で同じマイクロサテライトの位置を比較することは、人間の指紋を比較するようなものです。

  比較する13のマイクロサテライト領域を選択した後、チームは132群体の養殖サンゴと298群体の野生サンゴのサンプルからDNAを抽出し、マイクロサテライト領域を解析しました。その結果、沖縄では調べた野生サンゴ群集にはクローンは含まれておらず、これらが断片化によって無性的に増殖していないことが明らかになりました。また、養殖されたサンゴ集団の遺伝的多様性も、野生のサンゴ集団と同等に高いレベルでした。つまり、現状の養殖サンゴ集団を利用して次世代のサンゴ群集を再生しても、遺伝的リスクはほとんどないことがわかりました。同様に、養殖サンゴと野生のサンゴによる有性生殖が起きても、サンゴの種の保存に危険を及ぼさないことが示唆されました。

  本研究成果は、より自然状態に近いサンゴ群集再生のために大きな意味をもちます。今回の判定によって明らかになったクローンにはタグをつけ識別されています。そのため、サンゴ養殖に取り組む漁業者は、今後の養殖場における断片化や有性生殖のための掛け合わせにこの判定結果を利用することができます。種類ごとに野生でのクローンの割合も違うため、今回の手法が他のサンゴ種にも活用できたら、サンゴの養殖場を利用したサンゴ礁再生の可能性は高まります。

 「またこのような漁業者、県行政、科学者、地元の総力を結集した沖縄県での取組みは、サンゴ礁のステークホルダー協働の良い一例と言えるでしょう。」

 

サンゴ養殖場(恩納村恩納)で成長を続けるミドリイシサンゴ
座安佑奈

  養殖による再生活動など、サンゴ礁が受けた被害を元に戻すための取り込みが進む一方で、地球温暖化などによるサンゴへの脅威は依然残っており、地球規模の取り組みが求められています。 「養殖サンゴは野生のサンゴと比較してその規模もまだ小さく、海水温上昇などが原因のサンゴの死滅のペースに追いついていません。それでも、こうした養殖再生技術の向上でサンゴ群集を維持できれば、根本的な原因が解決されるまでの時間を稼ぐことができるのではないかと思います」と、座安博士は期待を込めて述べました。

 

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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