学際的イノベーター
2011年9月に新竹積教授がOISTで量子波光学顕微鏡ユニットを立ち上げた時、新型の画期的電子顕微鏡を開発するという自身の壮大な計画がそう簡単に実現できるものではないことを認識していました。同教授は、ウイルスのように微小な生体試料の鮮明なホログラムを作成するための装置を組み立てることを目指すと同時に、10代の頃から興味を抱いてきたプロジェクトにも携わり続けています。
「1970年代前半、特に1973年の世界的なオイルショックのときに、私は代替エネルギー源について考え続けていました。当時16歳の私は、出力1キロワットの風力発電機を作製し、両親が経営するそば屋の看板に電力を供給しました」と、新竹教授はふりかえります。
福島第一原子力発電所の事故のわずか5ヵ月後に、新竹教授はかつて勤務していた理化学研究所のSPring-8大型放射光施設からOISTに実験室を移しました。自室の窓からコバルトブルーの東シナ海を目にして、さらに大規模なクリーンエネルギー技術の開発に携わりたいとの思いを強くしていきました。
「海流エネルギーの利用は今も比較的未知の領域であり、私はますますこのアイデアに引き付けられます。」と、新竹教授は話します。原子力発電のリスクと利点が引き続き議論の的となっている日本で、「安全で安価な、環境に優しい代替エネルギー技術を開発することは重要です」と教授は言います。
新竹教授は、OISTに着任して数ヵ月も経たないうちに、シーホース・プロジェクトという海流発電の基本概念設計を開始しました。同教授のグループは、すでにプロトタイプの試験を始めており、最終的には、水深100メートルに300基の巨大プロペラを設置した海流発電システムを開発したいと考えています。これは、沖縄沿岸を通過して日本本土の太平洋岸に沿って北に流れる黒潮に位置し、合計出力100万キロワットを発電することができるもので、原子炉1基分の出力に相当します。
一方、新竹教授の革新的な電子顕微鏡プロジェクトも、開発着手から1年近くを経て実を結んできています。2013年3月5日、電子顕微鏡の部品がOISTに到着し、およそ1週間かけて、新竹教授のグループと、この電子顕微鏡の作製に携わった日立ハイテクサイエンス(旧エスアイアイ・ナノテクノロジー)の技術者がこれを組み立てました。
電子ビームの波長は光子ビーム、すなわち、光の波長よりかなり短いため、光学顕微鏡と比べて電子顕微鏡では、微小物体の画像を捕える能力が格段に大きくなります。現在の電子顕微鏡技術では、高エネルギーの電子ビームを 試料に照射して複数のレンズを通し、拡大画像を得ていますが、新竹教授のグループは、低エネルギー電子ビームを利用しようとしています。同教授が考案したこの設計では、電子ビームのエネルギーが低いほど、画像のコントラストが高くなるという、電子顕微鏡のエネルギーと画像コントラストの関係を利用しています。「ウイルスはほとんど透明に見えますが、画像のコントラストを強くすれば、ウイルスの構造に関する多くの情報が得られるはずです。また、高エネルギービームは試料を短時間で損傷しますが、低エネルギービームを用いれば、露出時間を長くしても試料が損なわれることはありません。」と新竹教授は述べています。
新竹教授にとってのもう1つの課題は、レンズを用いずにどのようにしてウイルスの画像を捕えるかという点です。レンズの機能は、電子ビーム、または光学顕微鏡であれば光子ビームを特定の面上に集束させて画像を形成することです。レンズはすべて、少なくともその周辺部では画像をゆがめてしまうため、新竹教授は、X線画像を作製する場合と同様に、試料を慎重に輪切りにした断面で電子を散乱させることによってウイルスの構造を推測し、これらのデータをコンピュータに収集しようと計画しています。その後、これらの断面画像を継ぎ合わせることによって、試料の内部と外部の3次元ホログラムを作成することを目指しています。
新竹教授は、理化学研究所のX線自由電子レーザー、SACLAを建設したスタッフ200人のチームを指揮し、この研究によって2011年の自由電子レーザー賞を受賞しました。現在、電子顕微鏡と再生可能エネルギー資源という全く異なる2つのプロジェクトを推進する2つのグループを率いる新竹教授こそ、実績ある学際的イノベーターとして、OISTがまさに求めている研究者であることは明らかです。
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