新研究ユニットの紹介:問題の核心に迫る
マヘッシュ・バンディ准教授と話していると、彼の話の中に物理学的に分っていること、分かっていないこと、また最近分りかけてきたことなど様々な面白い事実が散りばめられていることに気づきます。バンディ准教授の研究上の関心は、水面の藻の幾何学模様、空中を浮遊する真菌胞子、炭素隔離といった一見無関係に見えるものに関連性を見出すことにあります。彼が率いる構造物性相関研究ユニットでは、アナロジー(類推法)を通して複数の科学分野を結びつけることに取り組んでいます。
このチームが行う理論上の現象をシミュレーションする研究では、高価で複雑になりがちなフィールド実験が実験室内の卓上の実験に置き換えられます。こうした実験の対象は大気圏から宇宙レベルのものまで及びます。例えば魚の尾びれをシミュレーション化してその周りの液体を視覚化することから、石鹸被膜を使ってブラックホールを探索することなど様々です。特定の分野に特化しているのではなく、特定の実験手法に特化した研究チームな のです。
「理論とは現実を抽象化したものです。実験は現実です。それは共生的なプロセスなのです。」とバンディ准教授は言います。
構造物性相関研究ユニットは制御可能な実験の中で、1つの物質を構成する個々の要素を正確に観察することによりその個々の要素がどのように相互作用しているかを解き明かします。「謎は小さなスケールのものから気になりますが、私たちは全て見える規模で研究を行います。」とバンディ准教授は説明します。例えば研究室内において、大きなスケールの砂岩のような固体も大きなスケールのプラスチック粒のネットワークを使って再現することにより、地震などの背後にあるメカニズムが理解できるというわけです。
研究チームが注目している問題の中に、「ソフトマター」と呼ばれる物理学の一分野に該当するものがあります。泡、泥、プラスチック、マヨネーズ、さらには歯磨き粉などがこの定義に含まれます。これらのものは柔らかくて外的ストレスで容易に変形し、いつもこれらの特徴通りにふるまうとは限りません。例えば、泡は集まって固体のようにもなるし、砂時計の砂粒は液体のように流れます。
研究グループは通常1つの大きな課題に取り組むことが多く、構造物性相関研究ユニットの名称もコラボレーションを示唆するものですが、各メンバーはそれぞれ独立した課題に取り組んでいます。そしてユニットのポスドク研究者の研究領域の多様さもユニットがカバーする研究領域の広さを物語っています。出身国はトルコ、インド、フランスで、1名は理論研究者、1名は流体研究者であり、その他のメンバーは固体を専門としています。そして彼らは例えば波に浮かぶ小さなプラスチック粒のように、見た目は単純そうでも実は複雑な物質間の関係を完全に理解しようと取り組んでいます。
研究メンバーはカメラ、石鹸の泡、注射器、そして柔らかいプラスチックビーズといった意外とシンプルなものを実験に用います。メンバーにとって画像化は重要です。中でも特にジャンフランソワ・メテイエ研究員は、粒子が密に詰まって固体になったときに個々の粒子に何が起こるかを調べており、彼は偏光レンズ下で何百枚もの光弾性ディスクに端から圧力をかけ、どこでストレスが発生するかを測定しています。ジェイダ・サンラ研究員は、グラスの中のワインの脚のように、なぜ特定の液体が分裂し、再度集まるのかを研究しており、少量のクロロホルムとエタノールを詳細にモニタリングすることでこれを再現しています。タームグナ・ダス研究員は、摩擦のない泡の布を作って、これがファスナーが開くように分断される様子を再現しようとしています。
「構造物性相関という表現以外に、我々を総括できるタイトルはないでしょうね。」とダス研究員は言います。
ほとんどのメンバーはOISTに来たばかりで、現在はまだ実験の準備段階にありますが、こうした一見シンプルな実験には、正確な圧力で注射器を押す、ほぼ検出不可能な速度を測定する、といった厳密な方法が必要になります。「フラストレーションは日常茶飯事です。実験は思うようには進んでくれません。」とメテイエ研究員は言います。それでも、彼は誰も得られなかった結果を手にするのはかけがえのない喜びだと言います。
ダス研究員は、安定した泡を作る技術の習得に苦労しています。彼は今、本来の理論の世界から踏み出し、初めての実験の世界に打ち込んでいます。「かつてコンピューター上でモデリングしていたことが今、自分の目で見えるのです。実際に物がどのように動いているかを見ることができるので、本当にワクワクします。」
このように、多くの理論の背後にある詳細を目に見えるかたちにするのが、構造物性相関研究ユニットです。肉眼で見える現象を研究することによって、あらゆる実体的な対象に切り込んでいきます。バンディ准教授は、「我々は、分野にとらわれることなく、あらゆる問題について考える自由を大切にしています。」と語っています。
OISTが掲げる学際性という使命こそが、このユニットが追い求めているものなのです。