気候変動と海水温上昇が真珠貝の進化に影響
日本では19世紀後半から真珠養殖が盛んに行われ、美しい真珠を広く養殖・商品化できるようになりました。一方、遺伝学的、進化論的な観点では、真珠の母貝であるアコヤガイ(Pinctada fucata)について、これまでほとんど理解されてきませんでした。沖縄科学技術大学院大学(OIST)マリンゲノミックスユニットの研究者らは、このような状況を踏まえ、竹内猛研究員が中心になり、日本の多くの研究者とともに2012年にアコヤガイのゲノムを解読することに成功しました。今回の研究はこのゲノム情報に基づいてさらに研究を進めたものです。
そこでこの度、OISTの研究者らが、国立研究開発法人 水産研究・教育機構 増養殖研究所、三重県農林水産部と共同で、西太平洋のいたるところで採集したアコヤガイのゲノムの塩基配列データを用い、各地の個体群が、遺伝的および地理的にどのように異なるかについて解明しました。分析結果により、アコヤガイが時間の経過に伴って起こった環境変化に対し、どのように適応してきたのかを洞察できます。アコヤガイ の遺伝学的集団構造を理解することは、気候変動を考慮した効果的かつ的確な保護戦略を構築する上で重要です。
「アコヤガイの集団構造を理解し、沖縄も属する南西太平洋からどのようにして日本本島に移動したのかを理解することが主な目的でした。アコヤガイは西太平洋に広く分布しているので、遺伝的分化を理解するには良いモデル生物なのです。」と、この度Evolutionary Applications誌に発表された研究論文の筆頭著者である竹内猛博士は説明します。
アコヤガイのゲノム解読
アコヤガイを使った日本の真珠生産は、一世紀にわたって成功を収めましたが、その後、赤潮の頻発と感染症の拡大が打撃となり、1990年台には生産が激減しました。さらにこの時期には、中国産アコヤガイが日本の真珠養殖水域に導入されたことから、アコヤガイ個体群の遺伝的多様性が失われることが懸念されました。
アコヤガイをよりよく理解し保護するために、研究者らは日本本島、沖縄近辺を含む南西諸島南部、中国、ミャンマー、カンボジアの各地から採取した約200個体の標本を分析しました。近年における日本のアコヤガイ集団と中国のアコヤガイ集団の混合による影響を最小限に抑えるため、分析には2000年から2003年に採取した凍結標本を用いました。ゲノム解析では、36,203個の一塩基多型(SNPs)を分析しました。SNPsとはDNAの遺伝構成にあるわずかな違いのことで、研究者が遺伝的変異を研究するのに役立つものです。
竹内博士らは、個体群の分布としては北部に当たる日本本島のアコヤガイと、南部にあたる南西諸島、中国、カンボジアの個体群とは、遺伝的に離れていることを発見しました。
しかし、陸地による障壁で隔てられているわけではない日本本島と南西諸島のアコヤガイが、なぜ遺伝的に異なるのかが大きな謎でした。黒潮の強い海流により、アコヤガイは南西諸島から本島に容易に移動でき、個体群は混ざり合うことが想定されるからです。
この謎を解くため、研究者らは、さまざまな環境要因(海面水温、海水中の酸素、二酸化炭素、リン酸塩、硝酸塩、塩分濃度)と遺伝的多様性との関連を調べました。
統計解析の結果、海面水温と酸素濃度が遺伝的変異と強く相関していました。日本本島と南西諸島の個体群との間の遺伝的差異は、各地域の環境条件への適応と関係がある可能性が示されました。
日本産アコヤガイの起源に迫る
今回の発見は、研究者たちがアコヤガイの変遷を理解することにも役立ちました。最終氷期極大期(約2万年前)の海洋表面温度は現在よりかなり低く、日本のアコヤガイの個体群は日本本島に存在しませんでした。しかし最終氷期以降、日本の気温は上昇し、6,000年前、現在よりも2度から3度高くなってピークに達し、アコヤガイの分布は日本本島へと北上しました。
将来の気候変動と海水温上昇がアコヤガイ の分布に影響する可能性があるため、研究者たちは今後もアコヤガイの遺伝子研究をさらに続けていきたいと考えています。
「今回の研究では、全ゲノム情報を用いて西太平洋のアコヤガイの遺伝学的な集団構造を明らかにしました。現在は、日本のアコヤガイの個体群を他の地域の個体群と識別するためのDNAマーカーを開発しており、今後、日本のアコヤガイに固有の遺伝資源の保全に役立つと思います。」と竹内博士は語っています。
*本研究成果の一部は、平成28 年から開始した農研機構生物系特定産業技術研究支援センター「革新的技術開発・緊急展開事業」のうち「水産物の国際競争に打ち勝つ横断的育種技術と新発想飼料の開発」の一環として行われました。
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