クラゲの変態を解明する
1つの動物の中の1つのゲノムが、どのようにして2つの全く異なる形態を作り出すのだろうか?この疑問を解明するために、コンスタンチン・カールツリン研究員はクラゲの研究に着手しました。そしてミズクラゲについて研究していく中で、この疑問を解く鍵となる、変態(動物がある形態から別の形態へと変化すること。例えば、サナギ→蝶)の調節について興味深い事実を発見しました。2月3日付けのCurrent Biology誌に発表された論文の中で、カールツリン研究員はドイツ・キール大学の動物学研究所の共同研究者らとともに、ミズクラゲの変態をつかさどる新しいホルモンの存在について報告するとともに、それが他の高等動物で一般的にみられる発生生物学的経路と深く関わっていることを報告しました。
発達の初期段階では、クラゲはポリプとして海底に着生した静止形態で存在し、無性生殖を行います。冬になり、海水温度が一定期間以上低い状態が続くと、ポリプが変態を始めて各層が分離し、おなじみのクラゲの形に変化していきます。この過程は横分体形成と呼ばれ、クラゲになるために分離した各部分は横分体と呼ばれます。ポリプからクラゲへの変態をつかさどる遺伝子については、これまで謎に包まれていました。まず研究者たちは変態途中の横分体、すなわち活発に芽体を出している部分を、変態していないポリプに与えることにより、変態を引き起こす何らかの物質が横分体の中に存在するかどうか調べました。その結果、通常は温度の低下により変態が誘導されますが、横分体を与えたポリプは温度低下なしでも変態しました。そこで研究者たちは、横分体から出た何らかの物質が変態を引き起こすと結論づけ、このことを手がかりに原因遺伝子の特定に取りかかりました。
そこで取り組んだのが、横分体の段階でのみ発現する遺伝子の特定でした。その結果3種類の候補遺伝子を特定しました。その中でも特にCL390と名付けられた遺伝子は、横分体で発現し、水温が下がると発現のスイッチがオンとなり、低温状態が長く続くと発現が強くなる、というポリプからクラゲへの変態誘導に重要な全ての条件を満たしていました。そして、ポリプの変態には一定期間低温状態が継続することが必要だということも分かりました。このことは、食べ物が少ない冬季に、ポリプがクラゲへと変態するのを防いでいると考えられます。そして、CL390遺伝子は水温が十分に長い期間低下していることをポリプに伝えるためのタイマー、つまり、冬が終わりに近づき、変態の時期が到来したことを知らせる「目覚まし時計」としての役割を果たしていると考えられます。そして、CL390の発現量がある一定数以上存在すると、通常変態が起こらない高温下でもポリプの変態を引き起こすこと確認されました。
研究者たちはさらに、ポリプからクラゲへの変態には、全ての動物の発生に不可欠であるレチノイン酸(ビタミンAの誘導体)も関わっていることを突き止めました。レチノイン酸はCL390遺伝子の発現をコントロールしていることが分かり、高等動物で共通の発生メカニズムが、クラゲのような単純な動物の中にも残されていることを導きだしました。
OISTマリンゲノミックスユニットに最近着任したカールツリン研究員はミズクラゲの研究を継続しており、最初の疑問である1つのゲノムが2つの全く異なる形態を作り出すメカニズムについて、より深く解明することを目指しています。この研究は変態メカニズムの解明に貢献するだけにとどまらず、実用面でも役に立つことが期待されます。例えば、近年クラゲの大発生が漁業に悪影響を与えています。今回発見した変態誘因因子を利用してポリプからクラゲへの変態を抑え、クラゲの大発生を防ぐことが可能になるかもしれません
ミズクラゲ研究についての詳細は下記にアクセスしてください。
www.compagen.org/aurelia
(エステス キャスリーン)
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