ハブの毒を初めてゲノム解読:ヘビ毒の進化を解明
沖縄でハブと呼ばれるクサリヘビ科の毒ヘビは、一度でも咬まれると、後遺症が一生残ったり、さらには死に至ることもあるほど危険な生き物です。しかし、このようなヘビ毒についてはいまだ多くの謎に包まれています。同一の母親から生まれた兄弟であっても、各個体のもつ毒成分には大きな変動が見られ、毒入りカクテルのようなハブの毒は、世代を超えて変化しています。
この度Genome Biology and Evolutionに掲載されたヘビ毒の進化に関する研究結果は、このようなヘビ毒の進化について明らかにしました。同研究では、タイワンハブ(Protobothrops mucrosquamatus)と、その姉妹種であるサキシマハブ(Protobothrops elegans)のゲノムを解読しそれぞれを比較しました。ハブの毒のゲノム解読を行ったのは、初めてのことです。
ハブに咬まれる被害(ハブ類咬症)は、沖縄県だけでも、去年一年間で50件以上も報告されています。世界保健機関(WHO)によれば、世界でヘビ咬傷が原因になった死亡件数は、毎年8万1,000件から13万8,000件確認されています。特に、毒性の生物種に多くさらされながらも、医療サービスが十分でない発展途上国や農村地域では、ヘビの咬症被害は深刻な状況にあります。そのような場所においては、有効な抗毒素を作り出すことは、命に関わる問題です。
「長年、ヘビの毒は急速に進化するものだと知られていました。そして、これに対する共通した説明は、自然選択によるものでした。」本論文の責任著者で、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の生態・進化学ユニットを率いるアレクサンダー・ミケェエヴ准教授は説明します。「しかし、どうやら、こうした進化の推進力のみが働いているわけではないと思われる要因がありました。」
そこで、OISTと沖縄県衛生環境研究所の研究者らは、30個体以上のタイワンハブ、サキシマハブおよび県内の外来種から毒液と軟組織のサンプルを取り出し、毒の全ゲノム解読に成功したのです。この「クサリヘビ科個体群のゲノム解析が明かすヘビ毒の化学の基礎となる小進化の力」という研究タイトルで、この毒液の進化に影響を及ぼす複数の要因について示しました。
ヘビの咬傷時に見られる化学成分がどのように進化するのかを理解するためには、ハブの毒液の持つ重複性を理解することが重要です。例えば、複数のエンジンが搭載されている飛行機は、一つのエンジンが壊れたときでも、他のエンジンにより飛行を続けられるように、ハブもまた、自分の成功を支える複合ターゲットシステムがあるのです。このタンパク質と小さな有機分子の複雑な混合物が、血液圧迫や血液凝固など獲物の生理システムの核の部分をいくつかの部位で攻撃し、たとえ、毒液成分のうち一種類が効果を発揮しなくても、その他種々の成分が働くようになっているのです。
一般的に、ハブが注入する毒液は少量で、小さなピンの頭ほどの一滴です。しかし、これだけでも、ネズミ一匹を麻痺させるには十分なのです。進化生物学者はこの余剰力をオーバーキルと呼びますが、これは捕らえられた獲物が逆にハブを傷つけたり殺したりする事態に陥るのを防ぐためです。
長い期間をかけて世代交代するに伴い、ハブは、自然選択の過程の中でより有利な習性を子孫に残していきます。ただし、必ずしも有益な機能を持たないその他の特性をも受け継ぐということが起こり得ます。ハブの平均的な毒量は非常に高く、時には、瞬時に獲物を殺してしまいます。それが、毒液の中の非効率的な化学組成を隠してしまいます。これらの非効率な部分は毒液そのものの機能に対しては比較的影響が小さいまま次世代へと遺伝していきます。
ミケェエヴ准教授は「毒液の進化は二本の軸に向かって進んでいると考えられます。一方はより効果を高めるために、もう一方では、その効果を減少させるように。」と説明します。
これは生物学者たちが長い間推測してきた遺伝的浮動が果たしている役割であり、今回OIST研究員らは、ハブのゲノム解読でそれを証明しました。これまでの多くの研究でヘビ毒の進化に大きく関与してきたのは自然選択であると示されてきた一方、最近まで、この浮動の役割は仮説であったに過ぎなかったのです。
「今回は毒液の特性を徹底的に調査するための分析的手法を確立しましたが、私たちが今後発見できることは、まだ膨大にあるのです。」と本論文筆頭著者のスティベン・エアド博士が語ります。
この研究は、医療分野への応用はもちろん、新たな研究の道を切り拓いてくれます。
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