アリから謎解く熱帯地域における生物多様性の高さ
何世紀にもわたり生物学者たちを困惑させてきたことがあります。それは地球の熱帯地域には非常に多くの様々な種類の動植物が生息していながら、赤道から離れて南北に移動するにつれてその多様性はだんだんと低くなっていくという謎です。
科学者の間でもこの多様性が熱帯地域に集中する理由についてはよくわかっていませんがいくつかの仮設は立てられています。一つには高緯度地域は熱帯地域より太陽光や熱量が少ないために高い生物多様性を維持することができないという説です。あるいは、熱帯地域における大量の日射が突然変異率を高めているのではないかという説もあります。
さらに三つ目の説は、地球の寒冷地域の生態系は赤道地域のものよりも時間が経過していない点を指摘するものです。3,400万年前に起こった始新世・漸新世境界と呼ばれる世界規模の急速な冷却期に、それまでは熱帯地域であった生息地は赤道に向かって劇的に縮小し、南北の極では氷床が拡大していきました。一部の科学者によると、これらの新しく生じた寒冷な生息地では、熱帯地域のように多くの種が蓄積するための十分な時間が経過しておらず、それにより多様性の差異が生じているとのことです。
これまで、この謎を解明する試みとして、地球上の地域別に樹木、鳥類、哺乳類など、いくつかの植物群と動物群の種数の比較なども行われてきました。しかしボルネオからベルギーの種数を数え上げても、それがなぜ多様性において地域差が存在するかという疑問への具体的な回答にはなりませんでした。
沖縄科学技術大学院大学(OIST)のエヴァン・エコノモ准教授率いる研究チームはアリを利用することによりこの疑問を解明することに挑みました。従来の研究は哺乳動物や鳥類といった脊椎動物に焦点を当てていましたが、アリはこれらの動物より世界中の広範囲に分布していながらもお互いに近縁な一群であるという利点があります。エコノモ准教授は、「アリは地球上のほぼすべての場所で発見されており、生態学的に優占しており、少なくとも昆虫群としてはよく調べられているものです」と述べ、「これにより、他の脊椎動物群と比較する無脊椎動物の良い例となります」と語りました。
この度、ネイチャー・コミュニケーションズ(Nature Communications)誌に掲載された研究では、エコノモ准教授らの多大な労力により世界に分布する14,912種すべてのアリ種が分類化されました。この作業には何年もかかり、どのアリ種がどの地域で発見されたかを明らかにするために9000を超える学術論文、博物館のデータベース、学術研究データベースをくまなく網羅しました。エコノモ准教授は彼の研究室の元博士研究員で、現在は香港大学のベノワ・ゲナー助教と共にこの分類研究を進めております。
「ベノワはこれらのデータを集約することに強い意志を持っていました」と、エコノモ准教授は述べ、「彼は平日の勤務時間に論文データをデジタル化するスタッフたちを監督し、夜間、週末、祝日などのプライベートの時間すべてをデータ入力に費やしていました。もはや執念に近いものでしたが、そうした努力が実って今回の作業が完了したのです」と、振り返って語りました。
この膨大な作業に加え、研究チームは現在生息する全てのアリ種とその祖先が互いにどのように関連しているかを示す系統解析も新たに行いました。このため、利用可能なすべての遺伝子データを組み合わせ、種間の先祖関係を示す「系統樹」推定のために計算モデルなども駆使しました。
さらに琥珀や岩石中に化石として保存されていた絶滅種のアリ500種のデータも本研究に利用されました。これにより著者らは熱帯・温帯地域に現在生息するアリ類の祖先の生存年代を推定し、過去の多様性およびそれらが発生した緯度についての情報を得ることができました。(該当データは研究者ウェブサイト antmaps.org で参照可能)
これらの分析により新種の発生率は非常に変動しがちではあるもの、赤道付近で特にその発生率の高いわけではないことが明らかになりました。むしろ、研究が示しているのは現在私たちが熱帯地域で見ることのできる多様性は、それを蓄積するまでにより長い時間を経過した結果によるもので、他の地域でも十分な時間が経過すれば同様のことが起こりうるということも予想できます。
「アリから得たこの新たなデータは生態学の大規模なパターンに関する理論を検証するのに役立ちます」と、エコノモ准教授は述べています。またエコノモ准教授とゲナー助教は、昆虫の生物多様性にとって重要な地域を特定することにより、保全活動の指針としてこれらの研究成果を活用していきたいと考えています。エコノモ准教授は、「我々は昆虫の多様性の大規模なパターンをまさに今、初めて目の当たりにしているような状況なのです」と、締めくくりました。
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