可視光領域の測定を可能にする新型共振器と光コム
高速で生じる物理現象の持続時間を測定するとなると、高性能のストップウォッチやオシロスコープ(電気信号の変化を観測する装置)ではとても歯が立ちません。オシロスコープは、周波数がギガヘルツ(GHz)の電気信号を検出することはできますが、超高速の光学的現象の測定には十分とは言えません。そこで登場するのが、光コム(光周波数コム)です。通常のレーザーが単色性(単一の波長のみからなる光)であるのに対し、光コムには周波数の異なる光がいくつも含まれており、これらは髪をとかす櫛(コーム)の歯のように、周波数領域内に等間隔で並んでいます。光コムは、急速に変化する信号を捉えることが可能であることから、「光のものさし」として広く応用されています。信号の変化を測定するには、櫛の歯状に分布した周波数のうち、測定したい電気信号の周波数を干渉させて、より扱いやすい高周波信号に変換します。
沖縄科学技術大学院大学(OIST)の光・物質相互作用ユニットの研究チームは、ワシントン大学との共同研究で、可視光スペクトルの中に光コムを作り出す方法を米科学誌Optics Lettersで発表しました。これは、3つの異なった波長を入射することで4つ目の波長を作り出す四光波混合という現象と、低コストで電力消費の少ないマイクロバブル共振器(MBR)と呼ばれるデバイスを組み合わせすることで実現しました。MBRは、ウィスパリングギャラリー・モード共振装置(WGMR)の一種で、WGMRを用いて四光波混合を発生させるこれまでの方法では、赤外領域の光コムを作製することしかできませんでした。しかし今回の研究では、デバイス内の標的波長を可視領域へと移行させることで、人間の目にも見える「可視光ものさし」の作製に成功しました。これは非常に大きな成果と言えます。MBRは、診断用CTスキャンなど、高精度測定を必須とし、可視光コムの利用が最も期待される医療科学分野において極めて有用なデバイスとなる可能性があります。可視光コムの作製には、現在フェムト秒レーザー機器や他の大型モード同期レーザー機器を使用していますが、導入には広い設置場所と膨大な電力消費を伴います。しかし、この度提案された省エネかつ超小型のMBRレーザー装置では、共振器のサイズが小さいため、少量の光を入射するだけで高い循環光強度を得ることができます。非線形光学現象を発生させるには、共振器内を循環している光ビームの強度を上げなくてはなりません。
MBRの中核技術となるのが古典的なウィスパリングギャラリーと呼ばれる音響効果です。ロンドンにあるセント・ポール大聖堂のドームは、ウィスパリングギャラリーの有名な例です。円形空間の壁近くで囁かれた声が、減衰することなく回廊を伝わり、遠く離れた人の耳まで届くというものです。今回の研究では、MBR内で光を壁伝いに「跳ね返す」ことで、ウィスパリングギャラリーと同様の現象を光学的に再現しました。研究チームは、壁の厚さが、1.4ミクロン(人間の毛髪1本の60分の1の細さ)、全体の直径が120ミクロンのMBRを作製し、これを用いて、765ナノメートルの赤い中心周波数をもつ可視光コムの作製に成功しました。この波長分布は、予測していた結果と完全に一致しました。
論文の執筆に携わった研究員らが作製したMBRは、細いガラス毛細管を直径数十ミクロンまで先細りさせ、一方の穴をふさいだ菅の中にガスを送り込みます。二酸化炭素レーザーでガラス管の一部分を熱すると、毛細管内のガス圧と、溶解したガラス表面張力との均衡により細かい泡を形成します。ガラスを扱う研究者の姿は、まるで美しいガラスの花瓶を作り出す職人のようです。柔軟性に欠けた従来の共振器とは異なり、新型素子では細部にわたって壁の厚さを精密に制御することができます。この決定的な違いにより、共振器の中心周波数を可視領域に調整することが可能になったのです。
本論文の筆頭著者であるヨン・ヤン博士は、今後は極限まで共振器の壁を薄くし、青色の低波長から赤外領域まで測定可能な波長領域を広げたいと話します。「マイクロバブル共振器の今後の発展を楽しみにしています。このユニークな形状により分散的な光特性をより精密に制御することができるようになり、最終的にはこのデバイスの限界を押し広げ、私たちの研究を次の段階へと引き上げてくれるでしょう」と、ヤン博士は期待をにじませます。今回の研究成果は、市販の光コムに取って代わる省エネかつ低コストの軽量型計測器を研究者に提供できる可能性を示しています。光を測定するのに、光を使わない手はないのです。
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