熊本の被災地でOIST職員が医療貢献
4月14日から15日にかけて2つの巨大地震が熊本県と大分県を直撃し、その後の余震も含めて死者およそ50名、けが人約1000名という甚大な被害をもたらしました。OISTクリニックの原稔医師と野町明代保健師は地震発生直後の4月16日に現地に向けて出発し、最も被害の大きかった熊本県益城町で4月19日から22日にかけて日本医師会災害医療チーム(JMAT)の一員として医療支援を行いました。JMATは日本医師会により組織された災害医療チームで、全国から集まった医師や看護士が今でも避難場所などでおよそ3万7千人にのぼる避難者の治療にあたっています。
「最初の数日間は混乱を極めました。でも復旧活動が進むにつれて水道や電気などのライフラインが確保され、我々の医療活動も本格的に稼動しました」と、原医師は当時を振り返ります。原医師と野町保健師は、かつて同医師が勤務していた熊本県天草市の苓北医師会病院にまず到着し、そこからおよそ100キロの道のりを経て被災地入りしていました。しかし、朝夕の交通渋滞を避けるため、その後JMATの活動拠点である益城町保健福祉センターにより近い場所に宿泊先を移し、そこから毎日通い詰めました。同センターからは連日多数の医療従事者が避難所に送り込まれ、診察および人数や衛生環境状態を把握するための調査にあたりました。またJMATは、人が自然と集まったことで避難場所と化した学校や公園などでの巡回診療も行いました。
「災害はいつでもどこでも起こりえます。持病がある人は、災害に備えて少なくとも1週間分の薬を手元に置いておくことが重要です」と、持病があり、薬の服用を必要とする患者を何人も診察した原医師は語ります。加えて野町保健師は、「水の備蓄、懐中電灯、いざの時の避難場所がどこかを知ること、緊急時の連絡先の確保も同様に大事です」と述べます。
被災地の熊本県では県内外からボランティアの募集を開始しました。今回、原医師と野町保健師が取得したボランティア休暇は、OIST職員が社会貢献活動に参加するために設けられているものです。原医師は、「現地入りする前に当たり前のことですが、自身の食料と寝床の確保をお願いしたいです。ボランティア自身が避難民となってしまっては元も子もありませんから」と、アドバイスします。
最後に原医師は次のように語りました。「今回、一緒に活動した熊本在住の看護師の一人は自身も被災者で、夜は家族と共に避難生活を続けながら、昼は我々と同じチームで避難所を廻っていました。宿を提供してくれた開業医は、被災後の18日には自分のクリニックを再開し、大変忙しい中で快く我々を受け入れてくれました。ある避難所の責任者は、巡回する我々を労って逆に食事をすすめてくれました。これから復興に向けて先の長い活動になりますが、熊本の皆さんを応援し続けていきます。」