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細胞増殖を介した水晶体形成に関する新たな研究成果から、生物の複雑な構造の形成メカニズムに迫ります。

 細胞の増殖、特に細胞が分裂する方向は、組織の形を制御する上で鍵となります。しかし細胞増殖と細胞の分裂方向をつかさどる細胞メカニズムについてはまだよくわかっていません。沖縄科学技術大学院大学神経発生ユニットの望月俊昭博士、鈴木祥平博士、政井一郎准教授は、これらのメカニズムを読み解くことを目指し、ゼブラフィッシュの水晶体における細胞増殖について調べました。本研究成果は2014年10月15日付のBiology Open 誌に掲載され、その表紙を飾りました。

 水晶体は眼の中にある組織であり、眼に入ってきた光線を屈折させて網膜上に焦点を合わせ、像を結ぶようにする役割を担っています。水晶体は適切な形状と大きさであることが不可欠であり、そうでなければ、ピントを合わせる際、結像に必要な光線を正確に屈折させることができません。そのため、水晶体を構成する細胞に注目し、水晶体の成長における細胞増殖の役割について研究されてきました。水晶体をつくる細胞には2種類あります。上皮と呼ばれる領域で水晶体前半分の最も外側の表面を覆う水晶体上皮細胞と、水晶体核部を含む残りの部分を構成する水晶体線維細胞です。

 水晶体の前半分を覆う水晶体上皮細胞は、その辺縁領域、すなわち水晶体の半分に対応する位置から分化を開始します。図4で赤道部(equator)として示したこの辺縁領域で上皮細胞は水晶体線維細胞に分化します。そのため、この領域は細胞増殖が最も盛んな部位となります。これまでの研究でこの周縁帯の細胞増殖率が高いことが確認されていますが、この領域において細胞増殖を特異的に制御する仕組みは不明でした。そこで研究者たちは水晶体上皮の細胞周期をさらに詳しく調べることにしました。

 細胞周期は、G1期、S期、G2期、M期の4つの時期に分かれています。しかし単に形態や細胞の外側の構造を観察するのみでは、これらの時期を見分けることは困難です。細胞増殖をうまく視覚化するために、OIST研究者は、ゼブラフィッシュの水晶体上皮の経時的観察(タイムラプス観察)を行いました。個々の細胞が細胞周期のどの時期にあるかを厳密に追跡するために、ゼブラフィッシュの遺伝子組換え体を用いました。これらの遺伝子組換え体には複数の蛍光タンパク質が導入されており、それぞれ細胞周期の特定の時期にのみ発現し、蛍光を発します。これらの蛍光タンパク質はそれぞれ異なる色の蛍光を発するので、蛍光色の違いによって個々の細胞がほぼ正確に細胞周期のどの時期にあるのか見分けることができ、水晶体中で細胞増殖が活発なのはどの部位か知ることも可能となります。

 本解析から、他の脊椎動物と同様にゼブラフィッシュにおいても、細胞増殖が最も活発なのは水晶体上皮の辺縁領域であることが示唆されました。また細胞の分裂方向は空間的にパターン化されていることも示唆されました。つまり細胞の分裂方向は分裂細胞が水晶体上皮のどこにあるのか、その位置に影響されるということになります。さらに研究者らは細胞接着分子Eカドヘリンが上皮細胞の形状に影響を及ぼし、結果として細胞の分裂方向の空間的分布パターンを制御することも発見しました。望月研究員は、「本研究は、水晶体上皮における細胞分裂と細胞の形態パターンを初めて明らかにしたものです。水晶体がどのようにその形態を獲得し維持するかについて理解する手がかりになると考えられます。さらに、近視や乱視など眼の異常の解明につながる可能性もあります」と期待を込めました。

 政井准教授は細胞増殖のタイムラプス観察の重要性について、「今回のような研究が行われる前は、細胞の増殖と分裂の観察は、主に細胞培養試料を用いシャーレ上で2次元の状態で行われていました。しかしそのような方法では、水晶体のように非常に精密な形態をとる3次元の組織が生み出される際、細胞増殖がどのような役割を担うのか、という疑問に十分に答えることはできません」と説明しました。今回OIST研究者が使用したような観察技術により、今では、水晶体が発生過程でどのように形作られていくのかを明らかにすることができるのです。

(ショーン・トゥ)

研究ユニット

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