がん予防の鍵となるタンパク質をゼブラフィッシュの突然変異体の眼球から発見
本研究のポイント:
- 研究チームは、細胞の周期を制御してDNAの修復を開始し、その結果腫瘍の発生を抑制すると考えられてきたタンパク質について研究した。
- ゼブラフィッシュ胚は、母体の外で発生することから、この研究をする上で、理想的なモデル生物となった。
- 研究の結果、このタンパク質は31の遺伝子の発現を促進し、細胞増殖に対して、直接的・間接的に多彩な影響を与えることが判明した。
- このタンパク質が正常に機能しなければ、損傷したDNAの修復が行われないことも明らかになった。
- 研究チームは、この研究をきっかけに、がんや細胞周期の制御との関連性についてさらに研究が進むことを期待している。
プレスリリース:
約15年前、ひとつの研究グループがゼブラフィッシュの突然変異体を発見しました。そのゼブラフィッシュの眼球は、正常に発達せず、野生のゼブラフィッシュのものよりもかなり小さなものでした。その研究に携わった沖縄科学技術大学院大学(OIST)の神経発生ユニットを率いる政井一郎教授は、この度、元OISTの博士課程学生のスワティ・バブ博士とこの突然変異体を用いた研究を行い、細胞死を防ぐタンパク質の役割を明らかにしました。この研究成果は、がんの治療法の開発や細胞周期がどのように制御されているかの解明に大きな影響を与える可能性があります。
科学誌eLifeに掲載された本研究論文の責任著者である政井教授は、次のように述べています。「腫瘍が発生する細胞の多くでは、このタンパク質に問題があるといわれています。さらに、このタンパク質は細胞周期を制御してDNA修復を助けるため、重要なタンパク質であると以前から考えられていましたが、厳密な検証はされていませんでした。」
細胞のDNAが損傷すると、細胞増殖のために必要なDNAの複製が、損傷した箇所で停止してしまいます。すると、細胞は多くの損傷を修復するタンパク質を活性化し、様々な方法でDNAの修復を試みます。しかし、いずれの方法でも修復がうまくいかなかった場合、その細胞は死んでしまいます。政井教授は、発見したゼブラフィッシュの突然変異体では高い頻度で細胞死が起こるため、眼が正常に発生しないと予測しました。
BANPと呼ばれるタンパク質は、腫瘍の抑制や細胞周期の制御に関与していると以前から考えられてきました。しかし、この遺伝子をマウスなどのモデル生物で欠失させると、胚が死んでしまいます。そのため、これまでの研究はすべて、細胞を胚体外で人工的に増やす細胞培養という手法で行われてきました。しかし、今回の研究では、このような可能性の検証に、ゼブラフィッシュの胚を使用しました。ゼブラフィッシュの胚は母体の外で成長するため、理想的なモデル生物となりました。
バブ博士は、博士課程時代に神経発生ユニットでBANPが細胞周期の制御に果たす役割について調べました。BANPタンパク質をコードする遺伝子は、25番染色体に存在します。研究チームはまず、変異体のBANP遺伝子の塩基配列を調べ、遺伝子上に明確な変異を発見しました。次に、この変異を持たない発育中のゼブラフィッシュのBANP遺伝子に別の変異を起こさせたところ、その個体の眼球も正常に発生しませんでした。このことから、BANPはDNAの修復に重要な役割を担っているという可能性が有力となりました。
そこで次に浮かび上がった疑問は、BANPがどのような働きをし、その欠損が生物の発生にどのような影響を与えるのかということでした。研究チームは、BANPがDNAからRNAを転写する機能を持つ重要なタンパク質であるという最近の報告を受けて、ゼブラフィッシュの突然変異体と野生型ゼブラフィッシュの遺伝子発現を比較しました。その結果、BANPは31の遺伝子の発現を促進し、直接的・間接的に細胞増殖に多彩な影響を及ぼすことが明らかになりました。具体的には、細胞が増殖する際のさまざまなDNA修復メカニズムを調べたところ、各メカニズムにはBANPが産生するタンパク質が必要であり、BANP突然変異体ではそれらのタンパク質の産生量が低下していることが判明しました。BANPが正常に機能しなければ、DNAの修復は行われません。
本研究論文の筆頭著者であるバブ博士は、次のように述べています。「BANPは複数の制御機能を持ち、DNA修復から細胞の複製、腫瘍の抑制まで、さまざまなタンパク質に影響を与えると考えられます。」
このことから、BANP遺伝子の変異は、細胞死に関連していると考えられます。研究グループは、今回の研究成果をきっかけに、がんや細胞周期の制御との関連についての研究がさらに進むことを期待しています。
論文情報
広報・取材に関するお問い合わせ
報道関係者専用問い合わせフォーム