可動電子によって量子コンピュータを実現

  量子コンピュータというと、サイエンスフィクションと感じるかもしれません。しかしOIST量子ダイナミクスユニットのデニス・コンスタンチノフ博士の研究によると、架空に思われるこの概念が現実のものとなる可能性があるのです。


  上図:ヘリウム上の電子、下図:コンスタンチノフ博士は自由電子によって、どのように量子コンピュータ処理が可能になるかを説明しています。

  量子とは、古典物理では「常識の」法則が通用しないミクロ世界のことです。「マクロ世界では、測定結果を確実に予測することができます。一方、量子の世界では、測定する対象物について深い知識があっても、測定結果を確率論的にしか予測できないことがあります」とコンスタンチノフ博士は説明します。

  量子コンピュータは、量子測定の確率論的特性を利用して情報コード化と計算分析を行うコンピュータです。しかし、理想的な量子コンピュータを作成するには、量子デコヒーレンスという現象による量子情報の損失を低減するために、できるだけ周辺環境から隔離しなければなりません。この問題を解決するには、十分に周辺環境から隔離した系を構築すればよいのですが、このような系は可動性が極めて低く操作しづらいため、量子コンピュータの実現の妨げとなっています。

  一方、液体ヘリウム表面上で浮いている電子に関する研究から、電子はほとんどデコヒーレンスの影響を受けないことがわかっています。これらの電子は、液体表面に沿って真空中をほぼ自由に移動するばかりでなく、可動性が非常に高く、外部電圧によって容易に制御することができます。自然界に存在する電子は、量子力学のさまざまな側面、特に量子情報処理の実用化に理想的な量子となります。コンスタンチノフ博士は、このような可能性の実現に取り組んでいます。

  コンスタンチノフ博士はOISTに赴任する前に、理化学研究所の低温物理研究室で、ヘリウム表面上の電子の量子特性について研究していました。液体ヘリウムには優れた特性があり、たとえば、自然界に存在する量子液体のうち、絶対零度で凍結しないことがわかっているのは液体ヘリウムだけです。そのため、この系には不純物がなく、電子の可動性を自然界で最も高めることができます。ヘリウム表面上の電子は位置と特性を容易に把握でき、しかもデコヒーレンスが極めて小さいため、量子情報処理に利用することができるのです。

  コンスタンチノフ博士はOISTで電子などの複雑な量子系の挙動を研究しています。博士のグループでは、複雑な量子系のユニークな特性を明らかにし、これと相補的な半導体のヘテロ構造中に存在する電子ガスの特性を理解するために、ヘリウム表面上の電子の特性を利用しようと考えています。

  この研究は、高磁場超低温の環境で行われています。この環境なら、粒子のダイナミクス効果が顕著となり、制御パラメータを十分に定義できるのです。「ヘリウム表面上の相互作用電子とヘテロ構造中の電子ガスからなる相補的な系の特性を理解することができれば、量子力学的に粒子の特徴を把握し、粒子を制御することが可能となります。これにより、量子情報処理にも応用可能な用途を開拓できるのです」とコンスタンチノフ博士は説明しています。

(ジュリエット・ムセウ)

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