ライト用意、アクションスタート、電子登場!

太陽電池内での電子の運動を、史上初めて可視化することに成功しました。

  1897年、J. J. トムソンが電子を発見して以来、科学者たちはこの素粒子の動きを説明しようと様々な手法を用いて取り組んできました。電子はあまりにも小さく動きが素早すぎて、光学顕微鏡を用いても見ることができません。そのため前世紀においては、電子の運動の観測は困難を極めました。しかし、ネイチャーナノテクノロジー(Nature Nanotechnology)誌に掲載された沖縄科学技術大学院大学(OIST)フェムト秒分光法ユニットによる最新の研究では、このプロセスを視覚化することに成功しました。

  「物質内の電子を見てみたいと思いました。物質内での光透過や光反射の測定により電子の動きを説明するだけではなく、電子が実際に動く様子を見たかったのです」と語るのは、同ユニットを率いるケシャヴ・ダニ准教授です。電子の運動を研究するにあたりこれまで障壁となっていたのは、既存の装置では優れた時間分解能もしくは優れた空間分解能の一方を有するのみで、両方は備わっていなかったという点です。ダニ准教授のユニットの研究員であるマイケル・マン博士は、パルス紫外線光技術と電子顕微鏡技術を併用し、太陽電池に使われる物質内での電子の動きの可視化を試みました。 

 

実験に取り組むOISTフェムト秒分光法ユニットのメンバー。(左から)バラ・モラリ・クリシュナ・マリセルラ博士、ジュリアン・マデオ博士 、アタナシオス・マリオラキス、マイケル・マン博士、スカイラー・デッコフ・ジョーンズ。

  物質に光を照射すると、電子は光のエネルギーを吸収し、低エネルギー状態からより高いエネルギー状態に移動(励起)します。パルス光を1000兆分の数秒(つまり数フェムト秒)程度の極めて短い時間のみ物質に照射した場合、物質内で急激な変化が生じます。しかしこの変化が長時間もつことはなく、物質はすぐに元の状態に戻ります。太陽電池のような装置が機能するためには、物質が高エネルギー状態に留まっている間にエネルギーを抽出しなければなりません。そのため、科学者たちは物質がどのように状態変化し、エネルギーを失うのか理解したいと考えています。「現実的には、このような短い時間間隔で状態変化する電子を見ることはできません。そのため、物質の反射率の変化を測定するという手段をとるのです」と、マン博士は説明します。光を照射した物質の変化を調べるために、研究者たちはこの変化を引き起こす、非常に短いものの強力な光のパルスを物質に照射し、この最初のパルスがもたらした変化を測定するため、最初のパルスに比べ強度がはるかに弱いパルスを異なる遅延時間を設けて照射し、物質を調査してきました。

 

電子運動を可視化するための時間分解光電子顕微鏡の図。800nmポンプパルス(赤)が電子を励起する一方、それより弱い266nmプローブパルス(青)により電子運動の様々な計測が可能となる。

  最初に照射された無質量のエネルギーのひと束、つまりフォトン(光子)によって急激に熱くなるなどの変化が物質に生じると、次のフォトンの反射が変わります。その後、物質の温度が下がるにつれ、反射も元に戻ります。この差異を利用して、科学者たちは観測された現象の動態について知ることができます。「問題なのは、この変化を引き起こす電子の実際の動態を、直接には観察していない点です。反射を測定した後、得られたデータの解釈に基づくとどのような説明が成り立つか考えるわけです」と、ダニ准教授は言います。「このようにして、自分の実験の結果を説明するモデルを作成します。しかし実際のところ何が起きているのかはわからないのです。」 

  ダニ准教授の研究チームは半導体装置を用いてこの現象を可視化する方法を見出しました。「パルスが物質に当たると、電子が数個はじき出されます。そこで電子顕微鏡を用い、これらの追い出された電子がどこから来たのかを示す画像を作成します」と、マン研究員は説明し、「この手順を多くのフォトンに対し何度も繰り返すと、物質内の電子の分布像を少しずつ構築していくことができます。つまり試料を光励起させ、ある間隔を置いてその試料を調査するという操作を、初めのフォトンのパルスから調査用フォトンの照射までの遅延時間を一定に保ちながら、何度も繰り返すのです」と、実験方法について詳細を語りました。最終的には、特定の遅延時間における電子の位置を表す画像が、対象物質中のほとんどの電子について得られます。 

 

フェムト秒分光法ユニットの研究員。(左より)バラ・モラリ・クリシュナ・マリセルラ博士、ジュリアン・マデオ博士、マイケル・マン博士。

  次に、研究者たちは2つのパルス(光励起用パルスと調査用パルス)の間の遅延時間を変更し、電子の位置を表す画像をもう1つ作成します。画像が1枚でき上がると、調査用パルスの照射をさらに遅らせていき、光励起に続く各タイミングにおける電子の位置を順に追った一連の画像を作成します。「これらの画像を全て縫い合わせて、ようやく動画ができ上がります」と、ダニ准教授は述べました。「光励起後の電子が物質内でどのように動いているかを示す動画です。電子が励起され始めてから元の状態に戻るまでの様子を見ることができます。」

  「私たちが作り上げた動画は、非常に基本的な現象を追ったものです。史上初めて、太陽電池内で何が起きているのか、推測するのではなく実際に見ることができます。もはや、データを解釈して物質内で起きたかもしれないことを推測する必要はありません。このコマ撮り動画で見えるものをそのまま説明することができるのです。この研究は半導体物質中の電子の動きを理解する新たな道筋となります。」と、ダニ准教授は熱く語りました。本研究は電子の運動に新たな知見をもたらし、太陽電池や半導体装置の製造方法を一新する可能性を秘めています。それは、さらに高性能で高効率な電子機器製造に向けて、関連技術分野を一歩前進させる力となるでしょう。

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