沖縄のサンゴ礁保全に新たな説の提唱

ゲノムデータを用いた沖縄サンゴの超高精度集団解析による新発見 

概要 

 沖縄科学技術大学院大学(OIST)マリンゲノミックスユニットの新里宙也研究員らは、琉球列島各地で採集した155個体のサンゴのゲノム(遺伝情報)を解読し、沖縄県のサンゴの集団構造を超高精度で解析しました。その結果、従来考えられていたよりもサンゴは広く分散しておらず、沖縄周辺では地域ごとのサンゴ礁保護が求められること、歴史的に見ると沖縄本島のサンゴは八重山諸島から多大な影響を受けていること、また、慶良間諸島は歴史的にはサンゴの供給源ではなく、集積地であることが示唆されました。本研究成果は、2015年12月10日に Nature Publishing Group のオープンアクセス電子ジャーナル、Scientific Reports に掲載されました。

背景 

 初夏のある満月の夜。岩のように海底に固着して生息するサンゴにとって、この一年に一度の夜が、生息範囲を拡大する数少ないチャンスです。この夜海中へと無数に放出されるサンゴの卵(幼生)は、海流によって遠くに運ばれます。サンゴの幼生はどこへ行くのでしょうか。そして沖縄のサンゴ礁はどのように形成されたのでしょうか。これらは沖縄周辺のどこがサンゴの供給源になっているのかなど、サンゴ礁保護を行う上で欠かすことができない情報です。

Acropora coral synchronized sprawling
海でのミドリイシサンゴの産卵の様子
OIST 撮影者:座安祐奈

 全海洋生物種の四分の一を育み、地球上で最も生物多様性の高い場所の一つであるサンゴ礁は、現在、環境変動による地球温暖化などの影響により、危機的な状況にあります。例えば1998年に地球規模での白化現象が起こりましたが、沖縄県内のサンゴ礁も大打撃を受けました。一方で慶良間諸島は白化の影響は少なく、比較的健全なサンゴ礁が保たれています。サンゴの幼生の供給源として重要だと考えられており、2014年に国立公園に指定されました。また、近年沖縄本島の一部地域では、サンゴが回復しているところもあります。

 2011年にOISTマリンゲノミックスユニットは、世界で初めてサンゴ(コユビミドリイシ)の全ゲノムの解読に成功しました。このゲノム情報を使うことで、他の個体のゲノム解読がとても簡単に行えるようになりました。コユビミドリイシは、波あたりが強く、浅い海域に多く生息します。そのため海流の影響を大きく受けて、幼生は広く分散すると考えられてきました。

(a)典型的なコユビミドリイシの生息環境、(b)沖縄県の地図。青矢印が黒潮の流れ。(c)沖縄本島、(d)慶良間諸島、(e)八重山諸島での採集地点。地点の印は図2に対応。
OIST

 

研究手法と成果 

 研究チームは、沖縄県全域から採集してきた155個体のコユビミドリイシの全ゲノムを解読(リシークエンス1)し、ゲノム上に存在する膨大なSNP2を特定しました。従来のサンゴの集団解析ではゲノム上の十数ヶ所を用いた解析が主でしたが、今回は個体あたり約90万ヶ所のSNP情報を用いて高精度の解析を行いました。

  • サンゴ礁保全における重要な鍵:サンゴの分散地域についての新事実

 沖縄県各地のコユビミドリイシのDNAの違いは非常に小さいため、これまでは琉球列島全域で広く分散していると考えられてきました。しかし膨大なゲノム情報を用いると、従来見えていなかった地域ごと・島ごとの4つのグループ(沖縄本島、慶良間諸島、八重山南・北)に分けることが出来ました(図)。わずか40kmほどしか離れていない慶良間諸島と沖縄本島でもグループが別れ、さらに、4つのグループ間での幼生の行き来は、予想よりも少ないという結果になりました。一例として、沖縄本島について、慶良間諸島からのサンゴの幼生の加入が示唆されたのは南岸のみで、他の場所にはほとんど加入の痕跡は認められませんでした。これは、サンゴが毎年の一斉産卵で海中に放出した膨大な量の幼生は、実は島々の間で頻繁に行き来しているわけではない、ということがわかります。グループは八重山諸島でも南北に別れました。これは、石垣島と西表島の間に存在する日本最大のサンゴ礁である、石西礁湖が南北の幼生の交流を阻んでいるのでしょう。では、近年沖縄本島で回復しつつあるサンゴはどこから来たのでしょうか。これまで慶良間諸島などのサンゴの豊かな場所から幼生がやって来たと思われていましたが、今回の分析により、近くで生き残ったサンゴが自ら復活してきたと考えられます。

沖縄県のコユビミドリイシ4つのDNAグループ(沖縄本島、慶良間諸島、八重山南、八重山北)。一つの点が一個体を示している。島々の間で幼生が頻繁に行き来していないので、近い地域ではゲノムDNAが似ており、地域ごとにグループを形成している様子が分かる。
OIST

  • 沖縄のサンゴの歴史を辿る

 膨大なゲノムデータから、コユビミドリイシの集団はどのように形成されたのか、過去の歴史を垣間見ることが出来ます。沖縄本島のコユビミドリイシは、八重山諸島からの影響を強く受けていること(ゲノムの約半分が八重山由来)、さらに、八重山諸島や沖縄本島から、慶良間諸島への過去の加入が示唆されました。慶良間諸島は歴史的に見ると、様々な場所からサンゴが集まってくる「サンゴのるつぼ」なのかもしれません。実際に慶良間諸島のコユビミドリイシは、沖縄本島や八重山諸島と比較して高い遺伝的多様性を保っていることがわかりました。

最近回復しつつある沖縄本島付近(瀬底島)のサンゴ礁
OIST 撮影者:座安祐奈

研究の意義・今後の展開 

 本研究をリードした新里研究員は、「今回の研究で分かったこととして、サンゴの幼生は思ったより分散しておらず、最近復活してきたサンゴもそれぞれの海域で生き残ったサンゴが自ら復活してきた、と考えられます。サンゴ礁保護のためには、サンゴが豊富にある場所を守るだけでなく、沖縄周辺海域全般でサンゴ礁の保護に取り組む必要があると思います。この研究の一部は沖縄県のサンゴ礁保全再生事業のサポートを受けており、今後の沖縄県のサンゴ礁保全に役立って欲しいと思います。」と述べています。将来的には、今回調べられなかった様々な場所へと調査範囲を広げ、更に詳細な琉球列島のサンゴの集団構造の情報を得たいと考えています。また、沖縄県以外にも調査範囲を広げ、サンゴは世界中をどのように広がり形成されているのか、そして様々な環境にどのように適応しているのかということも調べていきたいと考えています。

用語説明 

1リシークエンス:すでに得られているゲノム情報を利用して特定の狭い領域だけ読むのがリシークエンス(再解読)。個体のゲノム配列を比較することで、ゲノムの変異箇所を直接検出することが可能。

2 SNP: 一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism)。生き物を形作る命の設計図を、膨大な数の4つの文字(塩基)の組み合わせでゲノムDNAに保持しているが、個体によって1塩基異なる場所が無数に存在する。これが個体差を生み出していると考えられる。

プレスリリース(PDF)

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