目の見えないゼブラフィッシュがヒトの網膜疾患治療に光をもたらす
視細胞の変性とタンパク質輸送の異常を関連づけるメカニズムを明らかにしたOIST研究者の論文が、発生生物学の専門誌Developmental Cellの表紙を飾りました。
国内から世界にいたる商品の流通に似て、細胞内でタンパク質を輸送するシステムが適切に機能しなければ、細胞の健康は維持できません。このタンパク質輸送を担うのは、細胞の世界でトレーラーや貨物列車、あるいはコンテナ船のような役割を持つ小胞です。この小さな泡のような構造が、細胞内の様々な膜から出芽したり融合したりしながら、内部に取り込んだタンパク質を輸送しています。このタンパク質の輸送システムが種々の異常によって機能を停止すると、細胞はアポトーシス、すなわちプログラムされた細胞死を起こしてしまいます。
眼の中の視細胞のアポトーシスは、網膜色素変性症という失明に至る病気と関連しています。これまでの研究で、タンパク質の輸送異常と視細胞アポトーシスの関連が報告されていましたが、その背景にあるメカニズムは解明されていませんでした。
2013年5月28日付のDevelopmental Cell誌の表紙を飾った論文の中で、政井一郎 准教授率いる神経発生ユニットの研究者たちは、視細胞の変性とその細胞内で起こるタンパク質の輸送異常を結び付けるメカニズムを明らかにしました。
小胞が細胞内で膜に融合するプロセスは、SNARE複合体と呼ばれる一群のタンパク質によって制御されています。小胞の膜表面にある一つのSNAREタンパク質が、ターゲットとなる膜上にある別の3種のSNAREタンパク質と出会うと、融合プロセスが始まります。その後、別の2種のタンパク質β-SNAPとNSFが、融合で生じたSNARE複合体を解離させ、次回の膜融合に備えます。
今回、研究者たちは、β-SNAPが機能しないゼブラフィッシュをモデル動物として使い、SNARE複合体が解離されない状況では、ターゲット側の膜上にあるSNAREタンパク質の一つであるBNip1が、視細胞のアポトーシスを起動することを発見しました。一方、β-SNAPが正常に機能する場合には、BNip1による細胞死のプログラムの起動は阻止されます。このように、BNip1はSNARE複合体の一員であると同時に、視細胞のアポトーシスを起動するという2つの役割を担うことで、膜融合とアポトーシスという2つのプロセスを結びつけています。
「BNip1は、視細胞内の大きな赤い停止ボタンに例えることができます。」と、同ユニットの研究員でこの論文の主執筆者である西脇優子博士は説明した上で、「今回、視細胞変性の原因となる新たな仕組みを突き止めたことで、網膜色素変性症をはじめとする様々な失明疾患や視覚障害の治療につながると期待しています。」と語っています。