瀬戸際からの生還 - ネムリユスリカの極限乾燥耐性メカニズムを解明

OIST研究者らがアフリカに生息するネムリユスリカが極限環境でも生命を維持できる遺伝子を発見しました。

 このたび、日本、ロシア、米国の研究チームが、アフリカ中央部に生息するネムリユスリカのゲノム解析を共同で行い、その成果が英科学誌Nature Communications(ネイチャー・コミュニケーションズ)に発表されました。ネムリユスリカは、極度の気温条件と乾燥、さらには宇宙空間のような高真という様々な極限環境のなかでも生命を維持することができます。研究チームは、ネムリユスリカに極限的な乾燥耐性をもたらす遺伝子多重化領域と乾燥時特有の遺伝子発現調節機構を発見することに成功しました。本研究には、OISTからはマリンゲノミックス・ユニットの佐藤矩行教授と同ユニットに所属する川島武士研究員、生態・進化学ユニットのアレキサンダー・ミケェエヴ准教授、DNAシーケンシングセクションの藤江学氏と小柳亮博士が参加し、その成果に貢献しました。

 極限乾燥耐性生物のネムリユスリカは、体内の水分が97%失われても生命を維持することができます。この現象は乾燥無代謝休眠と呼ばれ、他にも、極限乾燥耐性生物は、90℃の高温から-270℃の低温といった極限の温度条件や、真空ならびに大量の放射線といった他の生物にとっては死に至る極限環境のなかでも生きていくことができます。

 ナイジェリア北部に生息するネムリユスリカは、最低半年は続く乾季と最長8ヶ月に至る干ばつという環境下に生息しています。ネムリユスリカの卵が孵化し、幼生に成長する頃には、卵が産み落とされた水溜りはすっかり干上がっています。ところが、乾ききった幼生は乾燥無代謝休眠、すなわち水分が失われて干からびても死に至ることのない状態で17年以上も生き続けることができます。「これは非常に興味深い現象です。ネムリユスリカのこのような特徴が初めて明らかになったのは今から60年も前のことですが、本格的な研究が始まったのはわずか10年前です。」と、佐藤教授は語りました。

 ネムリユスリカ以外にも乾燥耐性を有する生物は存在します。その中でも、ネムリユスリカだけに認められる特異性はその遺伝子構造にあります。ネムリユスリカと、ネムリユスリカの近縁種であるヤモンユスリカとの比較分析を行った結果、これら2種類のユスリカの乾燥無代謝休眠に関与するゲノム情報に大きな違いが確認されました。この研究から、ネムリユスリカの持つ多くの遺伝子が祖先から受け継がれたものや近縁種と共有されたものではなく、ネムリユスリカにしか存在しない特有の遺伝子であることが分かりました。これは、ネムリユスリカが大変珍しい生き物であるというだけではなく、有力な研究ツールになることを示しています。なぜなら、ネムリユスリカ特有の遺伝子配列は、ARIdと呼ばれる乾燥無代謝休眠をもたらす遺伝子が多重化した領域のなかで容易に特定することができるからです。

 ネムリユスリカが乾燥耐性を有しているとはいうものの、このような極限の乾燥状態はDNAに深刻なダメージを与えます。しかし、ネムリユスリカのような生物には、乾燥によって傷ついたDNA構造を修復する機能が備わっています。今回の共同研究者で、農業生物資源研究所(茨城県つくば市)の黄川田隆洋主任研究員は、オンラインジャーナルPLOS ONEにかつて掲載された自身の研究成果について説明をしました。この中で同研究員は、代謝を停止させていたネムリユスリカの幼生が再吸水から1時間以内に生理活動を再開し、水和してから72~96時間の内に傷ついた核DNAが修復されたという報告をしています。

 このような遺伝子の応用は、生体試料・標本の保存法や、世界各地への輸送法に革命をもたらすことができるかもしれません。また、この遺伝子を利用することで、受精卵や血液サンプルといった医療分野で使用する生体試料の長期保存方法にさらに多くの選択肢が生まれる可能性もあります。かなり慎重な取り扱いを要するこれらの生体試料を研究室から別の研究室へ運ぶ際にも、乾燥状態であれば、はるかに容易で安価な輸送法が可能になるかもしれないと期待されています。

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(ショーン トゥ)

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