2014-08-22

「あきらめない」の鍵はセロトニン

 人気のお店で食事をするのに行列に並んだり、恋人が待ち合わせの場所にやってくるのを待ったりと、私たちの日常の意思決定の中で「辛抱強さ」が必要とされる状況は多く存在します。将来的に予測される報酬のために、焦らず辛抱強く待つことが求められる時、どのような脳内メカニズムがそれを可能にするのでしょうか?これについて沖縄科学技術大学院大学(OIST)神経計算ユニットの宮崎佳代子研究員、宮崎勝彦研究員、銅谷賢治教授は、光によって脳内の特定の神経細胞の活動を正確なタイミングで制御する「光遺伝学」の手法を用いて詳しく調べました。その結果、マウスが報酬を待つ間にセロトニン神経活動を増加させることで辛抱強さが促進されることが明らかになりました。本研究成果は、米科学誌Current Biology (カレントバイオロジー)電子版に8月21日に掲載されました。

 研究チームは光遺伝学の技術を用いて神経修飾物質のセロトニンを持つ神経細胞のみを選択的に刺激することができる遺伝子改変マウスを作成し、将来の報酬を予測しながら待機している状況下でセロトニン神経活動を増加させると行動にどのような影響が見られるかを調べました。この技術は脳内の特定部位に光照射を行うことで神経活動を操作するもので、光のON、OFFにより神経活動のタイミングを正確にコントロールすることが可能です(図1)。

 実験では5匹のマウスに、実験箱内部の壁面に設置された小窓にノーズポーク(鼻先を入れる)した状態で数秒間じっと待つことでエサを獲得できる課題を学習させました。マウスにはノーズポークをする習性がありますが、通常はすぐに鼻先を出してしまいます。この課題ではノーズポークを一定時間続けるとエサを獲得できるため、マウスは辛抱してノーズポークを続けました。エサまでの待ち時間をランダムに3秒、6秒、9秒、無限大(エサなし)と変化させ、それぞれの半数の試行で背側縫線核のセロトニン神経細胞を光で刺激しました。この時、事前の合図はなく、待ち時間やエサの有無は待ってみないとわかりません。マウスは3秒と6秒のノーズポークは簡単にできるものの、9秒だと待ちきれずに鼻先を出してしまい、報酬獲得に失敗する回数が増えました。しかしマウスがノーズポークする間に光刺激でセロトニン神経活動を増加させると、9秒でもノーズポークを続けることができるようになり、失敗回数が有意に減少しました(図2)。さらに持ち時間無限大試行(エサなし)では、マウスが自らあきらめてノーズポークを止めるまでの時間を測定しました。通常は平均12秒間ノーズポークを続けて、エサが出ないとあきらめました。ところが光刺激でセロトニン神経活動を増加させると、それが平均17.5秒間にまで延びました(図3)。セロトニン神経活動を増加させない場合と比較して約45%もノーズポーク時間が延長しています。一方でノーズポーク中以外のタイミングでセロトニン神経活動を増加させてもノーズポーク時間が延長することはなく、動きが止まる、などの別の影響も見られませんでした。これらの結果から、将来的に得られることが予測される報酬をじっと待つとき、セロトニン神経活動が増加することで辛抱強さが促進されることが明らかになりました。またこの実験で光照射のON、OFFにより神経活動のタイミングを正確にコントロールできる技術を用いたことで、脳内のセロトニンレベルの持続的な上昇というよりも、報酬を待つそのタイミングにセロトニン神経活動が増加することが辛抱強さを促進させることも分かりました。

 セロトニン神経は脳内の広い範囲に投射しており、睡眠や呼吸などの生理機能から認知、精神機能に至るまで多様な機能の中で役割を担う神経修飾物質です。これまでの通説では、セロトニンは罰が予測される状況下でその行動を抑制すると考えられていましたが、脳内のセロトニン量を増やす抗うつ薬のSSRIはうつ病の治療に効果的であるという既知の事実と相容れない問題がありました。さらに最近、セロトニン神経刺激が報酬効果をもたらすといった報告もあり、報酬と罰に関するセロトニンの役割は混迷した状況です。また一方で、脳内のセロトニンレベルが低下すると行動が衝動的になるという報告もされており、OISTの宮崎両研究員や銅谷教授はセロトニンが将来の報酬に対する辛抱強さを制御するという仮説のもとに研究を進めて来ました。宮崎研究員らは「我々はこれまで神経活動記録や薬理実験から、報酬待機中にセロトニン神経活動が増加することやセロトニン神経活動抑制によって長期の報酬待機行動ができなくなることを示してきました。今回の実験では高い時間精度で神経活動を制御できる技術を用いたことで、セロトニン神経活動が予想以上にダイナミックな機能を有し、報酬待機における辛抱強さの調節を行っていることが明らかになりました。」と一連の研究成果について語りました。

 今後もセロトニンの役割を詳しく調べることで、衝動性を伴う病的症状や行動の基盤となる神経回路の理解につながることが期待されます。また将来的に、より人間的な判断が可能なロボットやプログラムの開発など工学的な応用へも可能性が広がります。研究チームは今後、将来の報酬を得るためにじっと待たずに行動する場合や、報酬ではなく罰を回避することを目的とした辛抱強さに対するセロトニン神経活動の影響について、さらに研究を進めていく予定です。

 本研究は、沖縄科学技術大学院大学神経計算ユニットの宮崎佳代子研究員、宮崎勝彦研究員、銅谷賢治教授、慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室の田中謙二特任准教授、名古屋大学環境医学研究所神経系分野IIの山中章弘教授、田淵紗和子大学院生、国立遺伝学研究所マウス開発研究室の高橋阿貴助教との共同により行われました。また文部科学省脳科学研究戦略推進プログラムの一環として行われ、文部科学省科学研究費助成事業の助成を受けました。

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