シロアリの「辞書」が書き換えられる
シロアリの評判はよくありません。多くの人にとって害虫とされがちなシロアリですが、最近、ゴキブリの仲間に再分類されたことで、そのイメージはますます悪化しています。
しかし、人間に深刻な被害をもたらすシロアリは、全種類のうちわずか3.5%にすぎません。むしろシロアリは、生態系の「エンジニア」として、様々な環境において基盤を維持する重要な役割を果たしています。ミミズのように落ち葉などを分解して栄養素を循環させる生物撹拌(かくはん)を行い、畑を耕すように土壌に空気を送り込み、地下の栄養素を露出させ、土壌の深いところまで水を浸透させます。こうした働きは植物の生命維持にも不可欠です。さらに、シロアリは優れた「建築家」でもあります。シロアリの塚は照りつける太陽の下でも温度が上がらないため、エアコン不要のスマート建築にヒントを与えています。
多くの生態系がシロアリの提供する基盤に依存しているように、シロアリの研究にも確固たる基盤が必要です。この度、総勢46人の世界中の研究者の努力により、シロアリの分類に新たな体系が生まれました。専門家による合意と広範なデータ分析に基づく本研究は、学術誌『Nature Communications』に掲載されました。「私たちは、シロアリ科を、モジュール式の非常に堅牢な分類法により、これまでのあいまいさを解消することができました」と、筆頭著者で、OIST進化ゲノミクスユニットのメンバーのサイモン・ヘレマンス博士は話します。「この新しい『辞書』により、シロアリの多様性や生態系における役割を研究するための強固な基盤が得られました。また、今後の新たな発見にも対応できるでしょう。」
再分類によって再会した家族
分類学とは、生物を科学的にグループ(分類群)に分類する学問であり、生物学のすべての分野を支える非常に歴史のある学問分野です。「自然界で何かを観察したいのであれば、観察単位を定義する必要があります」とヘレマンス博士は話します。分類は恣意的なもので、 Heterotermitidae やミゾガシラシロアリ科(Rhinotermitidae)などと名付けられても、シロアリは全く気にしないでしょう。しかし、研究者が研究対象を限定し、明確に伝えるためには、分類は必要な作業です。近代的なDNAシーケンスが導入されるまでは、これらの区別は通常、生物の形態学的分析に基づいて行われていました。生物は、その身体的特徴や行動によって分類され、類似性に基づいて互いに関連付けられます。しかし、チンパンジーとヒトがゴリラとどのように異なるかを判断するのは簡単でも、2種類のシロアリの違いを視覚的に判断するのは難しいかもしれません。
形態分析の主観性により、シロアリの系統樹は非常に複雑になってきました。ある種のシロアリは急速に多様化しており、それは他の種と比較して急速に進化していることを意味します。しかし、明確な進化関係が不明で、形態的に異なる多くの生物を包含しなければならないにもかかわらず、わずか10の科が特定されているにすぎません。
グループ化された種間の関係を説明するために、「単系統」、「多系統」、「側系統」という三つの用語が使われます。単系統群は共通の祖先を持つ種で構成され、多系統群は共通の特徴を持つことが多いですが、共通の祖先を持つわけではありません。また、側系統群は共通の祖先を持ちますが、その子孫すべてではなく、一部のみを含むグループを指します。シロアリで問題になるのは、シロアリはゴキブリ目の中で単系統群に属しており、従来の分類法では、進化上の関係が混乱していることで、多くの側系統群と多系統群があると特徴づけられるからです。
「広範なデータ分析と新たな形態学的調査により、私たちは大きな亜科を分割することで、シロアリ科の系統樹から側系統と多系統を完全に排除することに成功しました」とヘレマンス博士は説明します。「また、それにより、科名や亜科名といった従来の名称を維持しながら、新たな系統の発見にも効果的に対応できる体系を構築することができました。これが、シロアリの命名法を安定させるための鍵となります。分類学は過去の記録にも基づいているため、これは非常に重要なことです。」
シロアリの新しい系統樹における各科および亜科は単系統で、種間の進化上の関係性が明確になり、新たに発見された種や再分類された種を分類することが格段に容易になりました。また、この新しい系統樹はシロアリの多様性を示すもので、研究や害虫駆除の精度が大幅に向上します。例えば、害虫であるCoptotermes gestroiは、当初は形態が類似しているという理由で、害虫ではないDolichorhinotermes longilabiusと同じミゾガシラシロアリ科(Rhinotermitidae)に分類されていました。しかし、初期の系統発生学的研究では、この2種は近縁ではない可能性が示唆されていました。そして、より高度な系統発生学的研究と形態学的研究により、Coptotermes gestroiはHeterotermitidae科に再分類されることが確認されました。
基盤を共に築く
生命の「辞書」を書き換えるのは簡単なことではありません。何よりも必要なのはコンセンサスを得ることです。定義に意見の相違があれば、辞書は役に立ちません。
シロアリの系統樹の見直し作業は、2022年にOISTで開催されたシンポジウムがきっかけで始まりました。進化ゲノミクスユニットを率いるトマ・ブーギニョン准教授が企画したこのシンポジウムでは、OISTのスーパーコンピューターによるデータ分析と形態学調査の両方に基づき、系統樹改訂の枠組みが提案されました。分類体系の系統発生学的な改訂は、スーパーコンピューターの計算に数週間かかるデータモデルに基づいていることが多く、調整が行われるたびに処理が最初からやり直しになります。「私たちの分類は51のモデルの収束に基づいていますが、それぞれの計算には約2週間かかりました」とヘレマンス博士は振り返ります。「これはDeigoの並列処理のおかげで実現できました。」「Deigo」は、OISTコアファシリティが運用するメインのスーパーコンピューティングクラスタの名称で、沖縄県の県花「デイゴ」にちなんで名付けられました。OISTの研究者なら誰でも利用できます。
「系統発生学は単独では成り立ちません」とヘレマンス博士は強調します。研究者は、科間の進化上の関係を明らかにするためにDNAマーカーの計算モデルを使用しましたが、このモデルはシロアリの習性や環境における役割を考慮していません。この知識は、研究対象の生物について科学的に貴重な知識を持つ専門家が、私たちの世界の一部である生物の世界に人生を捧げることによって得られたものです。「この規模の共同プロジェクトを調整することは困難でしたが、新しいシロアリ分類体系は、その構成要素の総和よりも価値があります。これにより、シロアリという重要な生態系の『エンジニア』の研究のための、より強固な枠組みが得られました」とヘレマンス博士は総括しています。
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