非ニュートン流体の乱流をより深く理解するために
泥やコンクリート、溶岩などの「弾粘塑性(だんねんそせい、EVP)流体」は、外から受ける力(応力)の加減によって固体のようにも液体のようにも振る舞う「非ニュートン流体」のひとつです。その流れは、粘性が変化しない水や空気などの「ニュートン流体」と比べより複雑な動き示します。この度、OISTの研究者たちは、弾粘塑性流体の乱流をシミュレーションし、異なるスケールにまたがるエネルギー移動のメカニズムについて新たな知見を明らかにしました。
流体として思い浮かぶものに、水、空気、油、アルコールなどありますが、これらは「ニュートン流体」と呼ばれる特定の流体のうちの一部分に過ぎません。ニュートン流体とは、その名の通りニュートンの粘性法則に従う流体のことで、せん断応力(流れの接線方向に働く応力とせん断速度(流れる速度)が比例関係にあることが特徴です。つまり、ニュートン流体は、どのようなせん断速度であっても、その粘度が一定であるということです。
一方、「非ニュートン流体」はこの古典的な定義に従わず、受ける力の大きさによって粘性が変化します。例えば、非ニュートン流体の一種である弾粘塑性流体は、かかる応力によって固体や液体のような振舞いをする性質を持ち合わせています。低い応力では形状を保ち変形しにくく、高い応力がかかると液体のように流動します。このような非ニュートン流体は、ニュートン流体ほど日常的に経験する流体ではありませんが、身近な例として泥、コンクリート、歯磨き粉などがあります。
粘性はものづくりにおける製造工程の効率に大きな影響を及ぼすため、弾粘塑性流体が乱流時にどのように振る舞うかを解明することには重要な意味があります。乱流は、非常に速い速度の流体にみられ、本質的に予測不可能でカオス的な状態を指します。しかし、乱流の特徴の一部はこれまでにモデル化され、理論的に説明することが可能です。1941年には、アンドレイ・N・コルモゴロフが流体のエネルギースペクトル(分布)にべき乗則スケーリングを適用することで、ニュートン流体の乱流のエネルギーが大きなスケールの渦から小さなスケールの渦へどのように伝達されるかを説明する理論を提唱しました。しかし、弾粘塑性流体の乱流の振る舞いについては、このコルモゴロフの理論が成立するかどうかも含め、あまり解明されていません。
このような中、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の複雑流体・流動ユニットの研究チームは、この課題ついて詳細な解析を行うことにしました。博士課程学生のモハメド・アブデルガワードさんとヤント・キャノンさんは、マルコ・エドアルド・ロスティ准教授と共に、弾粘塑性流体における均質で等方的な乱流の3次元数値シミュレーションを行い、その塑性的な振る舞いに注目しました。本研究成果は、学術誌Nature Physicsに掲載されました。
本研究において最も重要な成果の一つは、弾粘塑性流体の乱流内におけるエネルギー分布に関するものでした。乱流では、エネルギーは渦のカスケード(連鎖)により大きなスケールから小さなスケールへと伝わります。これらのスケールにまたがるエネルギー分布は、エネルギースペクトルを用いて定量化することができます。アブデルガワードさんは、次のように説明しています。「水などのニュートン流体では、エネルギースペクトルはコルモゴロフの理論に従い、スケーリング指数は-5/3となります。このスケーリング指数は、多くの実験やシミュレーションで実証され、確立されています。しかし、私たちは今回の研究で、弾粘塑性流体の塑性効果によって、乱流の振る舞いが変化し、-2.3という新たなスケーリング指数になることを発見しました。これは、ニュートン流体の乱流に関する従来の知識とは異なるエネルギー伝達メカニズムであることをを示しています。」
これらの発見を受けて、研究チームは、この新しいメカニズムの解明に取り組みました。シミュレーションデータの解析をさらに進めた結果、弾粘塑性流体はコルモゴロフの理論に従わず、フラクタル(すべてのスケールで非正規性を持つ幾何学的な形状)のようなエネルギー散逸パターンを示すことが明らかになりました。より具体的に説明すると、弾粘塑性流体の乱流のエネルギー散逸は、多重フラクタル、つまり、スケールによって非正規性の度合いが異なることを意味しています。
研究チームはさらに、ニュートン流体の乱流と弾粘塑性流体の乱流には、「間欠性」というもう一つ重要な違いがあり、弾粘塑性流体の間欠性がより高いことを確認しました。間欠性は、局所的に流れが速くなったり、エネルギー散逸が大きくなったりするなど、極端な事象が発生する可能性に関わる性質です。弾粘塑性流体の乱流は、土砂災害や火山噴火などの自然災害でも発生するため、この発見は災害の予測や対策において特に重要であるといえます。
さらに、本研究で得られた知見は、ポリマー製造、コンクリート圧送、泥水掘削、石油生産など、幅広い産業における製造工程の設計や最適化に活用することが期待されます。最後に、キャノンさんは次のように締めくくっています。「私たちの研究は、非ニュートン流体の乱流の一般的な振る舞いを、より包括的に理解することに貢献します。これによって可塑性が高い流体の流れをより適切にモデル化できるようになる可能性があります。医薬品、食品加工、エネルギーなど、さまざまな産業に非常に大きな影響をもたらす可能性も秘めています。」
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