キノコ型ナノ構造によるセンサー素子の開発:幅広い応用を秘めた機能性材料

OISTマイクロ・バイオ・ナノ流体ユニットの研究者らは、革新的なバイオセンサー素子を開発し、増殖細胞の計測や生体分子の検出に成功しました。

 エイミー・シェン教授の机の上には、ピンク色をした、切手サイズの長方形のガラス基板があります。この一見目立たないガラス基板が、食品の品質モニタリングから疾病の診断に至るまでの広い分野で、革命をもたらす可能性を秘めています。

  この基板は「ナノプラズモニック」という特殊な性質を持っており、その表面には、何十億分の1メートルという極めて小さなサイズの金のユニークな構造が無数に形成しています。ここで注目するプラズモニックとは、照射される光に対して、通常の反射とは異なる光の散乱や吸収を生じる物質表面の性質を表します。この性質は,高感度なバイオセンシングやデータ保存装置、 さらには照明や太陽電池といった様々な産業応用に応用可能であるため、材料科学だけでなく、生物学や物理学の分野からの注目も集めています。

 沖縄科学技術大学院大学(OIST)のマイクロ・バイオ・ナノ流体ユニットのシェン教授と同ユニット研究員らは、彼らが見出した新しいバイオセンサーの素子(センサー機能を担う部分)について、最新の学術論文の中で発表してきました。そしてこの度、この素子を培養細胞のモニタリングに応用することに成功しました。

 

ナノ プラズモニック材料を見せているマイクロ・バイオ・ナノ流体ユニットのメンバー。(写真左から): ニキル・バーラ博士、シヴァニ・サティッシュさん、エイミー・シェン教授

  シェン教授は、「ナノプラズモニクスの主な目標の一つには 、生きた細胞の活動状態をリアルタイムで測定することが挙げられます。そのような測定方法が実現すれば、観察が困難であった生細胞の挙動 についての多くの知見が得られるはずです。しかしながら、従来のナノ構造ではその表面上で生細胞を長期間に培養でき、かつ、このナノ構造が細胞の活動に影響を与えないといった条件をクリアすることが難しく、いくつかの課題が残っていました」と説明します。

増殖する細胞の数を計る

  本研究チームが開発してきた複数の新型バイオセンサーのうち、その一つはナノプラズモン特性を持つナノ構造が組み込まれています。このナノ構造の表面では無数の生細胞の培養が可能であり、また、このナノ構造の特性を利用したリアルタイムでの細胞の増殖過程の計測も可能となります。このように細胞の活動状態の測定によって、細胞や生体組織の機能や健康状態に関する重要な知見が得られると期待しています。

  この度、同ユニットの研究員らはこの新しいバイオセンサーに関する論文をAdvanced Biosystems 誌に発表しました

  開発したナノ構造が持つ最も魅了的な特徴は、長期間の細胞培養に適用可能であることです。本学の博士研究員であるニキル・バーラ博士は、次のように述べます。「従来、生細胞 をナノ材料の表面上で培養すると、ナノ材料の毒性によって、細胞が死んでしまうケースがほとんどです。しかしながら、我々の開発したナノ構造の場合では、7日以上の細胞培養に成功しました。」一方で、このナノ構造が持つナノプラズモンの性質は、1000の細胞の内、16の細胞で増殖したことを検出するなど、極めて高感度なセンサーとして機能することが分かっています。

  表面に特殊なナノ構造を施した基板は、普通のガラスのように見えますが、ナノプラズモン特性を持つキノコ型ナノ構造(ナノマッシュルーム)と呼ばれる微小な突起状の構造でガラス表面が覆われています。このナノ構造は、二酸化ケイ素(ガラスの主成分)の軸の部分と金のの部分から構成されています。この緻密なナノ構造の形状や金原子の配置の組み合わせによって、分子レベルの高感度なバイオセンサーが実現できます。

 

ガラス成分(二酸化ケイ素)の軸と金のを持つキノコのような形状の、ナノマッシュルーム状構造のイラスト図。リアルタイムで細胞(ナノマッシュルームの上に広がる富士山のようなかたち)の増殖を検出する能力がある。

  このバイオセンサーの原理では、キノコ型ナノ構造の中で金原子の”笠(帽子)”の部分が照射光に対するアンテナの役割をします。白色光がナノプラズモン特性を持つ基板を通過すると、キノコ型ナノ構造は、光に含まれる特定の色を吸収・散乱するため、透過する光の特性(色)が変化します。この変化は、ナノ構造のサイズや形状、そして材質によって規定されます。特に重要なのが、ナノ構造の近傍に存在する媒体物質が強く作用します。例えば、ナノ構造の表面に播種された細胞などが該当します。この原理を基づくと、ナノ構造を通過する光の変化を測定することによって、ナノ構造表面で起こる細胞増殖のような微小な変化の様子を検出し、観察することが可能となります。

  「通常、細胞の増殖過程を評価するには、 染色液や特殊な化合物を細胞の標識として添加する必要があります。しかし,我々のセンサー方式を適用すると、キノコ型ナノ構造の機能により細胞の増殖を直接的に検出することができます」 と、バーラ博士は語ります。

スケールアップに向けて

  この研究成果は、同ユニットの研究者らが以前に開発した新しい技術を元にして、キノコ型ナノ構造のバイオセンサーを開発する過程で見出されました.そして本技術は,2017年12月に学術誌ACS Applied Materials and Interfacesの中で論文発表されました.

  これまでにナノプラズモン特性を持つナノ材料がいくつか開発されてきましたが、それらの場合、基板表面全体の均一性を保つことが難しく、これらを広い面積に拡張することが大きな課題となっていました。そのため、ナノプラズモン特性を活かしたバイオセンサーが医療用の検査装置(例えば、検査キット等)として実用化されることが遅れている現状です。

  この問題への解決策として、本学の研究者らは大型のナノマッシュルーム・バイオセンサーを作製するため、全く新しい印刷技術を開発しました。この方法で、2.5cm×7.5cmの二酸化ケイ素基材上に約100万個のキノコ状構造が並んでいる材料を開発することに成功しました。

 「私たちの技術は、 生体分子から作られたインク を塗ったスタンプを使い、ナノプラズモニックの スライド上に印刷するような手法です。」OIST博士課程学生で共同論文著者であるシヴァニ・サティシュさんはこのように説明しています。生体分子は物質の感受性を高めます。つまり、抗体などの極めて低濃度の物質を感知することができるため、疾患を初期段階で検出できるような潜在能力があるのです。

 

OISTマイクロ・バイオ・ナノ流体ユニットでは、革新的な印刷技術を使い、 生体分子の均一な層で覆われた 何百万ものキノコ状構造を持つナノプラズモニック材料を開発した。

  「私たちのこの方法を使用することで、単一の分子でさえも検出できる高感度のバイオセンサーを作ることが可能 です。」と、筆頭著者のバーラ博士は語ります。

  プラズモニックおよびナノプラズモニックの原理に基づくセンサーは、エレクトロニクスから食品製造、医療まで、 多くの分野で役立つ強力な技術となり得ます。 例えば2017年12月、 本ユニット博士課程2年生のアイナッシュ・ガリフルリナさんは、 製造プロセス中の食品の品質管理のための新たなプラズモニック特性を持つナノ構造を開発し、研究成果をAnalytical Methods誌の中で論文発表しました

  シェン教授の研究チームは、将来、ユーザーが遠隔で読み取れて汚染リスクを最小限にできるワイヤレスマイクロ流体装置など、ナノプラズモニック材料が新技術に組み込まれていく時代がやって来るかもしれないと語っています。

 

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