まるでシンクロナイズドスイミング?マイクロスケールで起こる生物学

ユニークな流体と微細構造の相互作用をモデル化しました

  ヒトの関節内には特殊なねばっとした液体が流れており、粘液などの物質を構成しています。これらの液体にはポリマーやタンパク質のような長くて柔らかい分子が含まれており、延伸したり衝撃を吸収したりすることができます。

  しかしこれまで、この不思議な液体が生体内に存在する微細な構造とどのように相互作用するのかについては、完全に理解されていませんでした。特に興味深い構造は、繊毛です。繊毛は細胞膜に付着した小さな毛のようなもので、うねりながら気道から異物を除去するなどの機能を果たします。このような流体と微細構造物との相互作用は、繊毛が、生物学的役割を果たすためにどのように動くかを正確に理解するために重要な問題です。しかしこの相互作用は、非常に小さなスケールで起きる現象であるため、実験的に研究することは非常に困難でした。

  この度、沖縄科学技術大学院大学(OIST)のマイクロ・バイオ・ナノ流体ユニットの研究者らは、いわゆる粘弾性流体が、繊毛の周りをどのように流れるかについての重要な特徴を明らかにしました。粘弾性流体は糖蜜のように粘性があり、かつ伸縮性もあります。Small誌に発表されたこの研究では、繊毛のパターン化した動きを駆動するのは流体の弾性であることが示唆されました。

極小の世界を覗いて見る

  まずは実験準備として、溶融シリカガラスでマイクロチャネルを作製しました。これらのチャネルは、1〜2つの柔軟性のある円筒状のシリンダーをチャネルの片側に取り付けており、これらのシリンダーを繊毛に見立てています。

 

ガラスマイクロチャネルの写真。チャネルの中心に細長いガラス微小シリンダーを露出させるため、側壁の一つを除去している。大きさを比較するために1円玉を配置。

  次に研究者らはシリンジポンプを使い、粘弾性溶液を正確に制御された速度でガラスのマイクロチャネル内に通過させました。実験に用いた流体は、ヒト体液中に存在する生体分子の動きを模倣したミクロンサイズの柔軟な構造であるひも状ミセル(「リビングポリマー」 とも呼ぶ)を含んでいます。

  さらに、異なる光学技術を用いた3つの高倍率顕微鏡をそれぞれ用いて一連の測定を行い、シリンダーと相互作用する流体の挙動と特性を把握しようと試みました。

  研究チームはまず、粒子画像流速測定法という手法を用い、シリンダー周辺を流れる液体の速度を記録しました。流体がシリンダーの一方の側を優先的に移動し、他方の側には実質的に静止した流体が残る事象が観察されました。しかしある一定の流体速度においては、静止側の流体も、ぴくぴくと振動しながらゆっくりと流れ始めました。

  流体が移動すると、シリンダーが振動し始めました。「研究における重要な成果として、高速ビデオ顕微鏡を用い、シリンダーの振動を時間の関数として注意深く追跡できたことです。」とグループリーダーであるハワード・サイモン博士はコメントしています。

  高速度偏光顕微鏡法と呼ばれる方法を用いることで、円筒状シリンダーの周りの領域を追跡することができ、ひも状ミセルが弾性的にどれだけ伸長したのかをシリンダーの位置と関連付けて解析することに成功したのです。

 

シリンダーの先端を高速ビデオカメラを備えた顕微鏡で見た様子。上は、シリンダーが同調性の高い動きを示した動画。シリンダーの最初の位置と動いている位置の追跡情報が重なって表示されている。左下と右下は、両シリンダーのX座標とY座標がそれぞれ時間とともにどのように変化するかを示している。

 

  さらに、シリンダーが流体と相互作用している間、互いに近くにある2本のシリンダーがほぼ完全に同調して振動し始めたことから、繊毛の同調した拍動は流体の弾性により引き起こされていることが示されたといいます。

  「シリンダーの同調性のある動きは、完全に流体自身の性質で決まりますが、これは特定の条件下でのみ発生します。仮に流速を上げ、流体の弾性を変化させると、振動の規則性は失われ、乱雑な動きになってしまいます。」と筆頭著者であるキャメロン・ホプキンス博士は説明します。

新しい生物学的モデルの開発

  研究者たちは今後、円柱状のシリンダーの柔軟性と距離を変えることで、その挙動にどのような影響を与えるかを研究したいと考えています。ホプキンス博士らは、繊毛の配列を模倣するため、最大20本のシリンダーを備えたより大きなシステムで、本研究の繰り返し実験を予定しています。

  「私たちの現在の実験装置は、幾何学的に理想的な配置で、実際の生物系はこれよりもちろん複雑です。しかし、より複雑で生物学的に意義のあるものへの足がかりとなるでしょう。」と、マイクロ・バイオ・ナノ流体ユニットの責任者であるエイミー・シェン教授は述べています。

  研究チームは、さらなる研究が非常に小さなスケールにおける物理学を解明する一助となることを期待しています。そして、今後の研究が、私たちの細胞内で起こっている動的な動きについての洞察を提供してくれるでしょう。

 

OISTのマイクロ・バイオ・ナノ流体ユニットの研究者らが、Small誌に新たな論文を発表。左からエイミー・シェン教授、キャメロン・ホプキンス博士、サイモン・ハワード博士

 

キャプション:高速度偏光顕微鏡で見た様子。白い円で示されている2つの円柱状シリンダーの周りの流れ中に、ひも状ミセルが弾性伸縮している様子を示している。黒い領域は伸縮なし、白色に近づくほど伸縮の程度が高くなる。

 

 

 

 

 

 

 

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