経済成長の原動力 ― イノベーション
人類史上、科学技術の進展はイノベーションをもたらし、経済成長の原動力となってきました。2016年3月10日、都内で開催されたOISTフォーラム「日本の未来を築く – イノベーションをもたらす科学とは?」(主催:沖縄科学技術大学院大学(OIST)、共催:朝日新聞社、協力:ネイチャーパブリッシング)では、産学官の識者によるイノベーションをテーマとした議論が行われ、日本の将来が話し合われました。その結果、「多様化」「コミュニケーション」「投資」が3つのキーワードとして話題にのぼりました。
内閣府の石原一彦内閣府審議官の代読による島尻安伊子内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策、科学技術政策、宇宙政策)のスピーチ後に登壇したOISTのジョナサン・ドーファン学長は、OISTでは学生たちに科学技術の役割について世界的視野を養う教育を行っていると紹介しました。そして、地球温暖化やエネルギー問題、食料難や水不足など、地球をとりまく諸課題の解決に向けて科学技術が担う役割は大きいと述べた上で、研究成果の技術移転と研究への投資が重要であると指摘しました。
続いて行われた基調講演では、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構の村山斉機構長が基礎科学とイノベーションをテーマに話をしました。同機構長はノーベル賞受賞者を例に挙げ、日本の研究は独創性とオリジナリティがあると説明した上で、X線の発見がその後レントゲンやCTスキャンのような医療機器の開発につながったことや、相対性理論における重力の影響を予測したことで正確な位置を割り出すGPSが生まれたことを紹介しました。そして、イノベーションの条件として、「多種多様な人材による自由なインタラクションと十分な資金が欠かせません」と強調しました。
第1回目のパネルディスカッションではネイチャーのエグゼクティブ・エディターであるニック・キャンベル氏がモデレーターを務め、イノベーションを創出する研究機関の体制と教育について議論が行われました。パネリストには、東京工業大学大学院の藤村修三教授、名古屋大学理事の郷通子教授、浜松ホトニクス株式会社の瀧口義浩博士、名古屋大学大学院博士課程の鵜飼峻二氏、ドーファン学長が参加し、OISTをはじめとする複数の国内の大学が旧来の枠にとらわれない高等教育を行っていることが紹介されました。そして、異分野の融合や抽象的な概念を意見交換できること、学生たちが世の中を視野に自分の専門分野を探求することがイノベーションを生み出す鍵を握ると結論づけられました。また、日本の教育システムはまだ改善の余地があるとも指摘されました。
フォーラム後半は、クレイトン・クリステンセン・インスティテュートのデビッド・サンダール上席研究員による破壊的イノベーションに関する基調講演で始まりました。同研究員は、「我々が追いつくよりずっと速く技術革新が進んでいます」と述べた上で、低価格や簡単な操作などを武器に既存の市場を破壊してしまうイノベーションを大企業は当初の市場規模の小ささゆえに看過してしまう傾向があることを紹介しました。
続いて行われた第2回目のパネルディスカッションでは、ネイチャーアジア太平洋地域のデビッド・ シラノスキー特派員がモデレーターを務め、サンダール研究員、藤村教授、郷教授、滝口博士、そして政策研究大学院大学の角南篤教授も交えて破壊的イノベーションのための政策が話し合われました。本年1月に閣議決定された第5期科学技術基本計画を念頭に産学官それぞれの立場から意見が交わされ、民間から大学や研究機関への投資を促す政策づくりや、男女共同参画を含む人材を多様化するためのシステム改革が提唱されました。
どちらのパネルディスカッションも活発な質疑応答で締めくくられました。特に若い大学院生による質問が目立ち、どのようにしたら日本でイノベーションが創出されやすい環境を構築できるか、どの分野に投資すればよいか、科学者が企業家精神を養うための取組についてなど、様々な質問が投げかけられました。
フォーラムのまとめとしてキャンベル氏は、日本のイノベーションを育む要素として「多様化」「コミュニケーション」「投資」の3つを挙げました。そして、「多様化」とは、人材のみでなく、分野や考え方の多様化も含まれること、「コミュニケーション」は、異なる多様なグループ間の境界や分野の垣根を取り除くために重要であること、また「投資」は政府と産業界双方からの経済的支援が適切に行われることがイノベーションの原動力になると総括しました。最後に同氏は「日本は国力もリソースも、人材も備わっています。あとはこれらを正しい方向に導けばよいのです」と述べ、フォーラムを締めくくりました。