沖縄の海洋生物の体内から検出されるマイクロプラスチックを調査
現代社会は、プラスチック製品で成り立っていると言っても過言ではありません。プラスチック(合成高分子化合物)は、この1世紀あまりの間に食品、健康、輸送、建設など、社会のあらゆる分野に変化をもたらしました。しかし、ごみとして捨てられたプラスチックは、時間の経過とともに5ミリメートル以下のマイクロプラスチックと呼ばれる小さな破片に分解され、環境中に残留します。
小さいマイクロプラスチックは汚染問題に大きく影響します。近年、マイクロプラスチックによる汚染度合いを測定する研究が行われていますが、その結果は深刻なものです。地球上のいたる所でマイクロプラスチックが発見されており、食べ物や水、人間の母乳や、胎児が繋がっている胎盤の中からも検出されています。これらのプラスチック粒子には、発達障害を引き起こす化学物質も含まれており、人間だけでなく多くの生物に深刻な健康被害をもたらす可能性があります。
沖縄科学技術大学院大学(OIST)のクリスティーヌ・ラスカム教授も、この問題の解明に取り組んでいる数多くの研究者の一人です。最先端の技術を駆使した研究でマイクロプラスチックの量だけでなく、種類や原因と考えられる物質の特定も行い、海洋生物に対するマイクロプラスチック汚染の実態の詳細を明らかにしています。
本研究は3年前にラスカム教授がワシントン大学シアトル校で勤務していた頃、当時化学・材料科学分野の博士課程学生であったサマンサ・ファン博士とともに始まりました。当時、同僚のJacqueline Padilla-Gamiño教授が牡蠣を研究しており、その牡蠣が摂餌のために海水をろ過する際にマイクロプラスチックを取り込んでいることを見つけました。
「Padilla-Gamiño教授は牡蠣の中にとても小さな粒子を発見し、それを特定できる高分子の専門家を必要としていました」とラスカム教授は振り返ります。
その研究結果は意外にも悪いものではありませんでした。牡蠣の中にはマイクロプラスチックがいくらか存在していたものの、発見された粒子のほとんどは砂や貝殻の破片などの天然素材であることが明らかになったのです。
ファン博士は次のように述べています。「この結果から、単に粒子の数を測定するだけでは不十分です。さまざまな生物におけるマイクロプラスチック汚染の度合いを正しく理解するためには、その生物の中にどのような物質が存在するのかを特定することが重要です。」
ラスカム教授とファン博士は、すぐ後にさらなる研究プロジェクトを開始しました。その研究では、ワシントン州とアラスカ州に生息する2種のシャチ固体群の糞に含まれるマイクロプラスチックの比較などを行いました。
2021年4月、ラスカム教授はOISTの教員に着任し、パイ共役ポリマーユニットを立ち上げました。同ユニットは、ポリマーに関連する数多くの研究課題を解明することを目標に掲げており、研究課題はマイクロプラスチック汚染の解明から、太陽電池、センサー、バイオエレクトロニクス(生体電子工学)機器に応用できる持続可能な機能性プラスチックの新しい製造方法の開発まで、さまざまです。
ファン博士はワシントン大学で博士課程を修了した後、博士研究員としてOISTのパイ共役ポリマーユニットに加わり、マイクロプラスチックに関する研究を続けています。
研究チームはOISTの他の研究ユニットと密接に連携して、OISTマリン・サイエンス・ステーションで飼育されているカクレクマノミ、ハタ、ウニ、ツツイカ、コウイカなどの膨大な数の動物の体内に含まれるマイクロプラスチックの量と種類を調べています。
ラスカム教授は次のように述べています。「OISTマリン・サイエンス・ステーションでは、動物たちの飼育環境を厳格に管理しています。そのため沖縄周辺の海に生息する野生の動物と、実験室で飼育している動物の体内に含まれるマイクロプラスチックの量と種類にどのような違いがあるか、興味深いです。」
研究チームは、外洋でも研究プロジェクトを開始しています。そのひとつが、糸満漁業協同組合の協力を得て行っている、マグロの体内に存在するマイクロプラスチックの調査です。
2022年5月、博士課程学生のマイケル・イズミヤマさんと技術員の高宮城大樹さんは、沖縄周辺で捕獲されたマグロから試料を採取するため、マグロ漁船に同乗しました。2人はそれぞれ、ティモシー・ラバシ教授が率いる海洋気候変動ユニットとヴィンセント・ラウデット教授が率いる海洋生態進化発生生物学ユニットで研究を行っています。2回目の試料採取は2023年2月に行う予定です。
マグロの胃袋などの臓器から採取された試料は、まずラスカム教授の研究室に運ばれます。そしてファン博士とOISTの博士課程学生であるカルム・ハドソンさんが、マイクロプラスチックの種類の特定と量の測定を行っています。
ファン博士は、次のように述べています。「これは細かく、骨の折れる作業です。一般的な動物体内のマイクロプラスチック研究では、大きいものが注目されるため特定される種類は限られています。私たちの手法では、1000分の1ミリメートルというはるかに小さな粒子の検出が可能であり、大量の粒子や見落とされがちなさまざまな種類のプラスチックを特定することができます。」
本研究は、顕微ラマン分光法という精密な化学分析技術により成り立っています。この技術は光が物質と相互作用したときの散乱の仕方から、その物質の化学構造を明らかにします。光が散乱すると、その散乱光の強度と波長を示すピークパターンを特徴とするラマンスペクトルが得られます。物質によってそれぞれ固有のラマンスペクトルがあるため、この特徴を「分子の指紋」として利用することでプラスチックの種類を特定します。
しかし、ファン博士はこれらの分子の指紋を特定の物質に照合することは、必ずしも容易ではないと説明します。「ラマンスペクトルのデータベースには、すべてのプラスチックに関する情報があるわけではありません。またプラスチックは環境中で分解したり、微生物が固まって付着したり、化学物質が水に溶け出したりすることで変化します。つまりラマンスペクトルのピークは出現、消失する可能性があるため、物質の特定には専門家による分析が必要です。」
研究チームは、マイクロプラスチックの分析プロセスを改良するための方法を探しています。9月末には最新鋭の赤外顕微ラマン分光装置を導入し、ラマン分光法に並んで2つ目の技術を利用できるようになりました。これにより、より多くの種類のマイクロプラスチックを特定できます。また、マイクロプラスチックの分析に人工知能(AI)が役立つかどうかも検証しています。これまでのところAIモデルは顕微鏡画像から粒子を識別することに成功し、マイクロプラスチックとそれ以外の物質を区別する能力を探っていますが、マイクロプラスチックの種類やその原因となる物質の特定には至っていません。
ファン博士は次のように述べています。「この研究プロジェクトはまだ進行中です。時間のかかる研究ですが、プラスチックが沖縄の海洋生態系へ及ぼす影響を解明することは、世界的なマイクロプラスチック問題への対処法を見つけるための重要な第一歩になります。」
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