より効果的な脳腫瘍の治療に特殊なアミノ酸を導入

OISTの研究チームが、脳腫瘍に対する光線力学療法においてアミノ酸の一つであるタウリンの有用性を発見しました。

  光線力学療法は、その特異的な作用機序から脳腫瘍の治療にしばしば用いられています。光線力学療法はガン細胞を含む領域に対して局所的に作用でき、周囲の正常な細胞を傷つけません。光線力学療法は、血中に光感受性物質と呼ばれる薬剤を注射することで、細胞内に薬剤が取り込まれます。その後、薬剤が集積した細胞に光を照射します。薬剤に含まれる光感受性物質は光が照射されると活性酸素として知られる物質を放出し、細胞を死滅させます。この手法は、光感受性物質が正常細胞と比べてがん細胞に集積しやすいため、正常な細胞にダメージを与えずにすむ精密な標的療法です。

  しかし、この手法も決して完璧ではありません。ルテニウム・ポリピリジル錯体のように、光感受性物質を構成する化学成分は、安定性および生体適合性が高く、ガン細胞を死滅させる活性酸素の産生能が高い一方で、活性酸素の産生量を増やすために加えた化学成分が水への溶解度を下げてしまいます。このため、このような化合物は、体内に薬剤を送り込む薬物送達において有益な効果を発揮することができません。なぜなら、化合物中の分子が均一に拡散せず凝集した状態になり、90%以上が水分でできている血液の中をスムーズに移動することができないためです。そこで、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究チームは光線力学療法に改善の余地があると考え、天然アミノ酸であるタウリンをルテニウム錯体の化学構造に加えた、新光感受性物質の作製法の仮説を提唱しました。この研究成果は、イギリスの王立化学会が出版する学術誌Chemical Communicationsに掲載されました。

 

体内に取り込まれたルテニウム錯体は、腫瘍細胞リソソームに集積する。リソソームはすべての細胞内にある袋状の器官である。レーザー光線などの光源によりで錯体を活性化し、活性酸素を発生させる。この活性酸素が腫瘍細胞をネクローシス、あるいはアポトーシスにより死滅させる。

  タウリンは中枢神経系内に最も豊富に見られるアミノ酸の一つで、脳内の情報伝達などの重要な機能に関与することが知られています 。このように脳との重要な関わりがあり、かつ生体親和性に優れ、水に溶けやすいことから、本研究論文の筆頭著者であるアンミン・ドゥ博士を含むOISTの研究チームは、タウリンを使ってルテニウム錯体を修飾しました。今回の実験では、光感受性物質が集積するリソソーム内の環境を再現している低いpHの クエン酸ナトリウム緩衝液、またはリソソーム以外の細胞のpHと等しい中性のリン酸緩衝生理食塩水を用いることで、細胞内の条件を細胞培養用フラスコ内で再現する形で研究を行いました。

  「タウリンの修飾はとてもシンプルです」と語るのは、OIST生体模倣ソフトマターユニットのイェ・ジャン 准教授です。タウリンのルテニウム錯体への結合はいたってシンプルで、基本的な化学反応で新たな光感受性物質を作製することが可能です。

  ガン細胞を使って新たに作製した光感受性物質の効果を調べた結果、タウリン修飾型ルテニウム錯体は、従来の機能を維持したまま、細胞内に効率よく取り込まれ、光を照射した際に大量の活性酸素を産出することが分かりました。更に今回開発された新物質は、ガン細胞の中でも特に脳腫瘍に 有効であることが明らかになりました。

 

F98は脳腫瘍細胞、A375、HeLaおよびA549はそれぞれ皮膚がん、子宮頸がん、肺がん細胞を示している を。実線はタウリン修飾型ルテニウム錯体で細胞を処理した結果を示している。10分間の光線照射の後、すべてのがんに対するタウリン修飾型ルテニウム錯体を処理し10分間光照射を行うと、細胞の生存率が大きく下がり、その効果は脳腫瘍細胞において最も顕著であった。点線はタウリン修飾型ルテニウム錯体で処理していない結果を示しているが、10分間光照射を行っても細胞の生存率に変化は見られない。

  長年にわたり光線力学療法において効果的な光感受性物質を作製しようと研究者たちは 様々な化学的組成を探求してきましたが、最善の結果をもたらす手法は未だ存在しません。OISTの研究チームによるタウリンを用いた光感受性物質 の作製が、今後の最適化に向けた開発を後押しし、更なる改良を重ねることで、光線力学療法を使用した脳腫瘍療法におけるより高い治療効果が期待されます。

 

光線力学療法により脳腫瘍細胞を死滅させる。

 

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