DNAのコピー機、タンパク質レプリソーム:DNA複製速度が場所によって変わることを新モデルで解明
細胞分裂は、生物の成長、組織の修復、繁殖を可能にするもので、生命の基盤をなすものです。細胞分裂が行われるには、まず細胞内のすべてのDNA(ゲノム)のコピーを作り出す必要があり、その過程は「DNA複製」と呼ばれています。このDNA複製は、レプリソームというタンパク質の装置によって行われますが、その動態を正確に捉えることは、これまで困難でした。
このほど、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の複数の研究グループからなる研究チームは、レプリソームによる細菌のゲノム複製の速度変化を説明することができる新たなモデルを開発しました。このモデルと実験を組み合わせた研究により、DNAの複製速度が、ある特定の部分で他の部分よりも速いことが示され、複製速度と突然変異が起こるエラー率に興味深い関連性があることも明らかになりました。本研究成果は、2022年7月25日に科学誌eLifeに発表されました。
本研究の責任著者でOISTの生物複雑性ユニットを率いるシモーネ・ピゴロッティ准教授は、次のように述べています。「DNAのコピー機(レプリソーム)は、非常に速く正確に作動する凄い機械です。これらの機械を理解することで、細胞にとって重要なものは何か、つまり、どのようなミスが許され、あるいは許されないのか、複製はどれくらいの速度で行われる必要があるのか、といったことがわかります。」
このモデルでは、絶えず分裂している細菌の細胞集団を用いて、その中に含まれるDNAの各部分の量を測定します。細菌のDNA複製では、初めに2つのレプリソームがDNAの特定の部分に付着し、そこを起点として2つのレプリソームが環状のDNAに沿って逆方向に進み、起点の反対側で出会うまで複製を行います。つまり、起点に近いDNAの部分が最初に複製され、終点に近い部分は最後に複製されるということです。
ピゴロッティ准教授は、次のように説明しています。「細菌集団を自由に増殖させると、ある時点ではほとんどの細胞が分裂の過程にあることになります。DNA複製は常に同じ部分を起点として始まるため、その細菌集団の中にあるすべてのDNA配列を決定すると、起点に近い部分のDNAの量が多く、終点に近いDNAの量はかなり少なくなります。」
本研究では、OISTの核酸化学・工学ユニット(横林洋平教授)の研究グループが、異なる温度で大腸菌(Escherichia coli)の培養を行いました。そしてその後、シーケンシングセクションが細菌のDNA塩基配列を決定しました。
この分布曲線の特徴を分析することで、このタンパク質の装置、レプリソームの複製速度を正確に特定することができ、その結果、温度が上昇するにつれて、複製速度が速まることが明らかになりました。さらに興味深いことに、レプリソームはゲノム上のさまざまな地点で複製速度を変えていることも判明しました。
ピゴロッティ准教授は、複製速度が変動する理由として、DNAを構成する要素であるヌクレオチドなど、複製に必要な資源が限られているためではないかと推測しています。
大腸菌の細胞は、最適な条件が整うと、25分ごとに分裂することができますが、DNA複製には、それよりも長い40分程度の時間がかかります。そこで、増殖速度を速く保つために複数のゲノムの複製を同時進行で行います。これはつまり、活動するレプリソームの数が増加し、ヌクレオチドの奪い合いが起こることを意味します。このため、レプリソームの活動速度が低下すると考えられます。
この仮説をさらに裏付ける証拠があります。低温で栄養分の乏しい環境で細菌を培養すると、増殖速度が遅く、一度に1つのゲノムのみが複製されるため、複製速度の変動が見られなくなります。
さらに研究グループは、複製速度の変動が、他の研究で報告されている突然変異率の変動と一致していることも発見しました。この2つの変動パターンを重ね合わせると、ゲノムの複製速度が速い領域では、突然変異が起こる確率も高いことが判明しました。
ピゴロッティ准教授は、次のように述べています。「これは、キーボードを打つ動作などを思い浮かべると、分かりやすいと思います。速く打てば打つほど、ミスをする可能性も高くなりますよね。つまり、レプリソームの活動速度が速くなるほど、DNAのエラー率も高くなるということだと考えています。」
ピゴロッティ准教授は、今後の研究テーマとして、複製を助けるタンパク質を持たない大腸菌の変異株などにおいて、複製速度がどのように変化するかを調査する予定です。また、他の細菌株でも同じことが当てはまるかどうかを検証することにも関心を抱いています。
ピゴロッティ准教授は、次のように述べています。「これは研究の方向性として、とても面白いと思います。この研究は、すべて学内の他の研究ユニットと共同で行ったものです。まさに、OISTでしかできない学際的な共同研究です。」
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