ゆらぎの熱力学に関する初の教科書をOIST教員が共同執筆
肉眼では見えないミクロの世界では、エネルギーが満ちあふれています。 分子モーターがフィラメントの軌道に乗り細胞周辺の荷物を輸送したり、分子同士がランダムに結合したり分離したり、流体中の同力源を持たない小さな粒子が一見不規則に動いたりしています。
イタリアのフェデリコ2世ナポリ大学のLuca Peliti名誉教授(統計力学)と、沖縄科学技術大学院大学(OIST)で生物複雑性ユニットを率いるシモーネ・ピゴロッティ准教授の共著による新著「Stochastic Thermodynamics: An Introduction」は、非常に小さくもダイナミックな世界に焦点を当てています。
ゆらぎの熱力学は、何世紀もの歴史を持つ古典熱力学とは異なり、ほんの20数年前に誕生し急速な発展を遂げている分野で、熱・仕事・エネルギーの相互作用をミクロレベルで解明します。
ピゴロッティ准教授は、次のように述べています。「このような小さなスケールでは、ランダム性がシステムのダイナミクスに大きな影響を与えます。つまり、不確実性を生み出す小さなゆらぎがたくさんあるのです。そのため、ランダム性の影響を考慮するためには、古典的な熱力学の法則に手を加えなければならないのです。」
ゆらぎの熱力学は非常に新しい分野であるため、同書が同分野で初めての教科書となります。これまで、同分野の教材がなかったことが、ピゴロッティ准教授が同書の執筆を決意する大きなきっかけとなりました。
「私が5年ほど前にこの分野の研究を始めた時は、教育的な資料があまりなく、理解を深めるのに大変苦労しました」とピゴロッティ准教授は言います。
同書は、入門レベルからスタートする大学院生や若手研究者を対象に、同分野の敷居を下げることを目的としています。ピゴロッティ准教授は、同書は単なる概論ではなく、自身と共著者のPeliti教授の教育経験を融合させたものであると説明しています。
同書は2021年7月6日に米国のプリンストン大学出版局から出版され、英国版は8月17日に出版されました。
ピゴロッティ准教授にとって、同書の発売はマラソンのゴールテープを切るようなものだと言います。「出版までには忍耐力が必要でした。執筆を開始したのが2018年だったので、完成までに数年もかかりました。大きな達成感があります。」