分子足場によるナノ構造の構築支援

OIST研究者らが生体細胞周辺の細胞外マトリックス構築から発想を得て、分子の 「レンガ」と 「足場」からなるナノスケールの構築キットを作製しました。

  高層住宅を建てるには、足場を使用する必要があります。沖縄科学技術大学院大学(OIST)のイェ・ジャン准教授らは、建設現場でのこの手法をラボの研究に適用しています。しかしながら、住宅建設とは大きく違う点が一つあります。それは、研究対象がたった数十億分の一平方メートルというナノサイズであることです。

  ナノテクノロジーにおいて、ナノ材料を基本の建築材料のごとく使用し、特定の機能を持つ材料を作製するナノ構造を作り上げる分野があります。この分野が台頭し始めた頃、研究者たちは単一分子成分を用いたナノ/ マイクロスケール構造を構築する可能性を模索していました。しかし、今では多くの科学者が生体内に実在する多くの異なる構成要素の相互作用を伴うはるかに複雑なプロセスを模倣しようとしています。

  生体内では組織のライフサイクルにおいて、複雑な分子構造の構築と分解が常に行われています。例えば、細胞が体内を移動するには、細胞周囲の外部環境と細胞が相互作用する必要があります。これは細胞外マトリックス(ECM)と呼ばれる、周囲の細胞を構造的・生化学的に支える天然繊維からなる「足場」によって実現します。細胞は自らが動ける空間を作り出すため、プロテアーゼ酵素を分泌し、ECMを部分的に消化します。一方でECM中の分子は、細胞内における反応過程の促進もしくは抑制に影響を与えます。

  細胞およびECMで使われている生物学的な構築方法から発想を得て、ジャン准教授が率いる生体模倣ソフトマターユニットでは、複雑な分子構造を組み立てるため相互作用可能な分子のナノスケール・ツールキットの設計と合成を行いました。本研究はこの度、ドイツの学術誌であるAngewandte Chemie International(応用化学誌インターナショナル版)に掲載されました。

  OIST研究者らは、クマリンと呼ばれる芳香性有機化合物をベースにし、二つの分子の設計と合成を行いました。一つの分子はナノファイバーに自己集合するペプチド分子で、ナノファイバーは、集結して分子の「足場」を形成します。もう一つの分子は、安息香酸分子シート状のナノ構造体に自己集合します。これらの層が、分子の「レンガ」のようなものを形成し、さらに分子の塔のようなものを形成します。これら二種類の分子が混合される際には、まず自律的に種類ごとに分離します。そして自律的に再集合し、相互作用しながら高次の分子構造を構築します。

 

ペプチド分子は、ナノファイバーと呼ばれる細長い構造が自己集合して分子の「足場」を形成する。安息香酸分子は自己集合してシート状のナノ構造を形成し、互いに重ね合わされて分子の「レンガ」を形成する。足場の助けを借りて、この分子のレンガは分子の塔を形成する。

  研究者らは、紫外線またはある特定の酵素を使用してナノファイバーを切断することにより、分子足場の構造を変化させ、「分子の塔」の高さを操作しました。さらにOISTの走査型電子顕微鏡により、層状や繊維状等の分子構造形状を観察しました。その後、OIST技術者の協力により、原子間力顕微鏡にてナノメートル単位で分子の塔の正確な高さを測定しました。

 

OISTのイメージングセクションのメンバーと、本研究に貢献した生体模倣ソフトマターユニット所属のOIST博士学生たち。左から右へ:佐々木 敏雄、湯川 幸江、シジン・ザン、宮澤  薫一。

  研究チームは、繊維状ペプチドの足場が、分子の塔の高さと構造を調節することを示しました。この足場は、ナノ構造間の表面相互作用により構造が支えられており、この足場を用いることで安息香酸のレンガはより高い構造の形成が可能です。 「分子レンガだけでも最大100ナノメートルの塔を構築することができますが、繊維を追加すると最大900ナノメートルの塔を構築することも可能でしょう」と、ジャン准教授は説明します。    

 

分子のレンガ構造は繊維状の分子の足場に支えられるため、足場がない場合に比べ、分子構造を9倍高くすることができる。

  生体内で起きる分子自己集合化プロセスを模倣することにより、化学者はナノ/マイクロ構造の新たな化学合成方法を習得できます。将来的に生体模倣ソフトマターユニットでは、細胞の動きや増殖などを制御するため、生体膜上に特定分子を構築したいと考えています。例えば、細胞膜上に分子構造を構築することができれば、膜タンパク質の空間的な操作が可能になるのではないかと期待しています。

 

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