トラップ・ジョー・アントはどのように超高速の噛みつき能力を発達させたのか

ウロコアリの仲間であるトラップ・ジョー・アントの進化の過程において、顎の形状のわずかな変化により革新的な機能が獲得された可能性を発見しました。

ポイント

  • トラップ・ジョー・アントは力強く、超高速で動く大きな顎を持っているが、この大顎が先祖の単純な構造の顎からどのように進化したかを本研究で明らかにした。

  • トラップ型の顎を持つアリは世界中にいるが、その顎の構造は、世界各地で独立して7~10回も進化を遂げたことがわかった。

  • 大顎の形状のわずかな変化からトラップ型機能が進化し、その後形状が多様化した。

  • 異なる大陸にはそれぞれ異なるタイプのアリが生息しているが、研究者らは、異なる大陸に生息するアリそれぞれが同じタイプのトラップ型の顎に進化したことを発見した。それはトラップ型の顎へと導いた進化が異なる場所で繰り返し行われたことを示唆している。

  • 高速度カメラで撮影することで、トラップ型の顎は動物の体で最も早く加速して動かし、元の状態に戻すことができる部位であることがわかった。

プレスリリース

トラップ・ジョー・アントの噛みつきが強力で致命的であることは、動物界ではよく知られています。通常のグリップ型の顎はその開閉に筋肉を使う一方で、トラップ型の大顎は開いた状態で固定され、バネが引き伸ばされるようにエネルギーを蓄えます。バネが解放されると、大顎は超高速で閉じて獲物に一撃を与えます。

トラップ型の大顎は記録的な革新的進化を遂げたものですが、この複雑な機構が祖先の単純な機構からどのようにして進化したのかはまだ科学者にも分かっていません。この度、沖縄科学技術大学院大学(OIST)のエヴァン・エコノモ教授とコネチカット州ニューヘイブン市にあるイェー ル大 学のDouglas Booher博士を中心とする研究チームは、国際共同研究チームと共同でトラップ型の大顎がどのようにして発生し、その後世界各地でどのように多様化を繰り返していったのかを明らかにし、PLOS Biology誌に発表しました。

OISTの生物多様性・複雑性研究ユニットを率いるエヴァン・エコノモ教授は、次のように述べています。「生物学において中心的な課題の一つは、単純なものからどのようにして複雑なものが生まれるのか、ということです。トラップ型の大顎のような機構は、複数の部位が相互作用することで正しく機能することができます。進化において段階的な変化からこのような複雑な機構がどのようにして生まれるのか、最初は理解しがたいかもしれません。 しかし、よく調べてみると、複雑な機構へ進化した道筋を明らかにすることができます。」

トラップ型の大顎を持つ多くのアリは、ウロコアリ属に属する種で、世界中の熱帯や亜熱帯地域に900種以上もいる非常に多様なグループです。

「ウロコアリ属には、トラップ型の大顎を持つものも持たないものも含めて近縁種が非常に多く、この種がどのようにして生まれたのかを理解する非常に珍しい機会を与えてくれます」とエコノモ教授は述べています。

OISTでは、アレキサンダー・ミケェエブ准教授が率いる生態・進化学ユニットと共同で、先祖と同じグリップ型の顎を持つアリや、トラップ型に改良された大顎を持つアリなど、世界中のウロコアリ属のアリのうち470種からDNAを抽出して解読を行いました。

研究チームは、その470種のアリの種の進化上の関係を示す系統樹を再構築しました。それから小さなアリをスキャンできるマイクロCTスキャナーでアリの3次元画像やモデルを作成しました。

マイクロCTスキャナーを用いてウロコアリ属のアリの三次元モデルを作成。高度に分岐したトラップ型の大顎を持つS. nidifexの三次元モデル

提供: OIST 生物多様性・複雑性研究ユニット エヴァン・エコノモ

同チームは、世界各地でトラップ型の構造が独立して7~10回もの進化を遂げていたことを発見しました。

特筆に値するのは、形状のわずかな変化だけで、大顎の機能がグリップ型の機構からトラップ型の機構へと劇的に変化したことです。機能が変化した後、トラップ・ジョー・アントの頭部では筋肉の大規模な再構築が始まり、大顎の長さや開く幅が多様化していきました。

祖先が持っていた顎の形状からトラップ型の顎の形状に変化する様子を示す動画。大顎(黄色の部分)から小さな突起が発達し、唇(紫色の部分)に引っ掛けられるようになっている。先祖のグリップ型の顎ではセンサーとして機能していた唇はトラップ型では掛け金としての機能へと変化する。顎と唇を制御する頭部筋肉の構造が大きく変化する。
Booher博士らの許可を得て、"Functional innovation promote the diversification of form in evolution of an ultrafast trap-jaw mechanism in an an an ants." より転載。CC-BY PLOS Biology

「これまでは、すべてのトラップ型の大顎には形状と機能の両方の分岐があると考えられていたので、機能の変化が最初に起こるのか、それとも形状の大幅な変化が前提条件として最初に起こらなければならなかったのかはあまり明らかではありませんでした。しかし、これまで特定されていなかっただけで、トラップ型の大顎の機構には中間的な形状のものも多く存在することが判明しました。その中には、先祖が持っていた形状とわずかな違いしかないものもあります」とエコノモ教授は説明します。

チームは、ウロコアリ属のアリの大顎の動きを高速ビデオ撮影で捉えたイリノイ大学のAndrew Suarez博士の研究チームと共同研究を行い、トラップ型の顎が、動物の体の部位では最も早く加速し元の位置に戻すことができる部位であることを発見しました。

「トラップ型の下顎の加速度は 標準的な下顎の10万倍 の速さで、人間の瞬きの数千倍の速さで閉じます」と エコノモ教授は説明します。

高速ビデオ撮影で動きを1秒あたり48万フレームの速度で撮影し、1秒あたり30フレームで再生。トラップ型の大顎は、単純なグリップ型の機構よりも素早く加速して高速に達する
Booher博士らの許可を得て、"Functional innovation promote the diversification of form in evolution of an ultrafast trap-jaw mechanism in an an an ants." より転載。CC-BY PLOS Biology

ウロコアリ属のアリは、最も豊富な獲物であるトビムシ類がばねの力を利用して逃げるのを阻止するため、超高速の顎を使って素早く動く必要があります。

獲物のトビムシを襲うトラップ・ジョー・アント
Booher博士らの許可を得て、"Functional innovation promote the diversification of form in evolution of an ultrafast trap-jaw mechanism in an an an ants." より転載。CC-BY PLOS Biology

各種のアリがどのように獲物を捕らえるのかはまだ知られていませんが、短いトラップ型の大顎を持つアリは一般的に受動的なハンターで、落ち葉の中に隠れ無防備に接近する獲物を挟む瞬間を待ちます。一方、長いトラップ型の顎を持つアリは、襲撃する獲物を探し求める活発的なハンターです。

研究者らは、アリが獲物を捕らえるためにどのように顎を使っているかを明らかにすることで、トラップ型の大顎の形状が驚くほど多様化していることを説明できるかもしれないと考えています。大陸規模や地域規模で見ても、世界のどの地域でも長い大顎と短い大顎の両方のトラップ・ジョー・アントが見られます。

トラップ・ジョー・アントの大顎は長さや開く幅が顕著に多様化
Booher博士らの許可を得て、"Functional innovation promote the diversification of form in evolution of an ultrafast trap-jaw mechanism in an an an ants." より転載。CC-BY PLOS Biology

「異なる大陸で、何度も同じ変形を遂げているのを見て非常に驚きました。これは、進化が繰り返し可能で、生命の課題に対して同じような解決策を見つけるということを示しています」とエコノモ教授は説明します。

まだ未解明なことは、トラップ型の大顎を構築するため必要とする遺伝子の変化が同じなのか、それとも各種のアリが異なる方法で類似した結果に到達したのかということです。

それを解明するために、研究チームは世界中の代表的なウロコアリ属のゲノムを解読する予定です。「遺伝子レベルや分子レベルで見られる変化と、形態学的レベルで見られる変化の間にあるギャップを埋めたいと考えています。それが次の大きな課題です。」

論文情報

掲載誌: PLOS Biology
論文名: Functional innovation promotes diversification of form in the evolution of an ultrafast trap-jaw mechanism in ants
著者: Douglas B. Booher, Joshua C. Gibson, Cong Liu, John T. Longino, Brian L. Fisher, Milan Janda, Nitish Narula, Evropi Toulkeridou, Alexander S. Mikheyev, Andrew V. Suarez, Evan P. Economo
DOI: 10.1371/journal.pbio.3001031

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