流れに身を任せ:謎の流体運動への新たな洞察
水道の蛇口から出る流水は、パイプを通る過程の複雑な旅路を物語ってくれます。水が高速に蛇口から出る時、水の流れは乱れ、無秩序で、海の波が衝突しているように見えます。
蛇口からの層流(低速で一定で規則的な流れ)に比べ、乱流については科学的にほとんど解明されていません。層流がどのように乱流になるかについては、さらに知られていません。流体が中くらいの速度で移動するときには、規則的な流れと不規則な流れが混在した遷移流が発生します。
この度、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の流体力学ユニットのローリー・サーバス博士、チェンチア・リュウ博士、ピナキ・チャクラボルティ教授、連続物理ユニットのグスタボ・ジョイア教授は、遷移流研究の新たなアプローチを開発するため、数十年前からの乱流の概念理論から出発した研究を行いました。Science Advances誌に掲載された本研究成果は、将来的に、乱流遷移と乱流についてより包括的で概念的な理解をもたらし、さらには、エンジニアリングへも応用できる可能性があります。
サーバス博士は本研究について以下のようにコメントしています。「乱流は古典物理学における最後の未解決問題として、しばしば注目されてきました。乱流にはある種の神秘性があります。一方、特定の条件下では、乱流状態を説明するのに役立つ概念理論というものがあります。われわれの研究では、この概念理論が乱流の遷移状態にも適用できるかどうかを理解しようとしています。」
無秩序の中の秩序
科学者たちは長年、乱流に魅せられてきました。15世紀にレオナルド・ダ・ビンチは、乱流を様々な大きさの渦、すなわち循環流の集合として描きました。
ダ・ビンチから数世紀後の1941年、数学者のアンドレイ・コルモゴロフは、一見無秩序に見える渦のエネルギー論の根底にある秩序を明らかにする概念理論を発表しました。
ダ・ビンチのスケッチに描かれているように、池に流れ込んだ水流は、最初は大きな渦を形成した後、すぐに不安定になり、次第に小さな渦に分散していきます。エネルギーは大きな渦から小さな渦へと遷移し、最小の渦が水の粘性によってエネルギーを消散させます。
このイメージを定式化したコルモゴロフの理論では、運動エネルギーが異なる大きさの渦にいかに分配されるかを説明する「関数」が存在し、エネルギースペクトルを予測します。
この理論で重要なのは、小さな渦のエネルギー論は普遍的であり、乱流は異なって見えるものの、全ての乱流中の最小の渦は同じエネルギースペクトルを持つことです。
「このような単純な概念が、一見手に負えない問題をすっきりと明らかにすることは、実に驚くべきことだと思います。」とチャクラボルティ教授は語っています。
しかし課題もあります。コルモゴロフの理論は、数少ない理想的な流れにのみ適用可能で、遷移流を含む日常生活でみかけるような流れには適用できないと広く考えられているのです。
この遷移流を調べるため、サーバス博士らは、長さ20メートル、直径2.5センチの円筒形のガラス管を流れる水の実験を行いました。水の中には、水とほぼ同じ密度で中が空洞になっている微粒子を加え、管内の水流を視覚化できるようにしました。さらには遷移するパイプ流の渦の速度を測定するため、レーザードップラー速度計と呼ばれる技術を用い、測定した速度でエネルギースペクトルを計算しました。
驚くべきことに、遷移流の小さな渦に対応するエネルギースペクトルは、乱流とは異なって見えるにもかかわらず、コルモゴロフの理論からの普遍的なエネルギースペクトルに一致することを発見しました。
この発見は、遷移流の新しい概念を説明するのみならず、工学への応用が期待できます。過去20年間にわたり、ジョイア教授とチャクラボルティ教授の研究は、エンジニアにとっての大いなる関心事項である流れとパイプ内における摩擦の予測にエネルギースペクトルが役に立つことを示してきました。パイプ内の摩擦が大きければ大きいほど、石油のような流体をポンプで汲み上げたり、輸送したりすることは困難になります。
「私たちの研究は、難解な数学的思考とエンジニアらの関心要素を組み合わせようとしています。コルモゴロフの理論は、考えられていたよりも広い適用性を持っていることが分かりました。本研究は流れにおける乱流への遷移のみならず、乱流そのものへの大変面白い新たな洞察でもあるのです。」と、チャクラボルティ教授は語っています。
ヘッダー: 葛飾北斎 「神奈川沖浪裏」 1833
広報・取材に関するお問い合わせ
報道関係者専用問い合わせフォーム