がん細胞のみを標的とする究極の抗がんツール

有望ながん治療剤候補であるウイルスが腫瘍上の受容体と相互作用することが初めて明らかになりました。

 「セネカバレーウイルス」という名前を聞いたら、危ないウイルスなのでは、と思うかもしれません。しかし、このウイルスは、実は画期的ながん治療となる可能性があるのです。沖縄技術大学院大学(OIST)とニュージーランドのオタゴ大学は、このウイルスが腫瘍とどのように相互作用するか、また、なぜ健康な組織には影響を及ぼさないのかを報告しました。

 米国科学アカデミー紀要(PNAS)に発表された本研究は、複雑な形態のセネカバレーウイルスとその受容体の詳細な形を初めて示しました。クライオ電子顕微鏡を用いて撮影した7000以上のウイルス粒子画像からは、非常に高い解像度でその構造を見ることができます。この結果は臨床応用を目的として、ウイルスやウイルス薬候補の開発に役立つことが期待されます。

 OISTにおいて生体分子電子顕微鏡解析ユニットの主宰者で、この研究の共同責任著者であるマティアス・ウォルフ准教授は、「がん細胞のみを標的とするウイルスがあれば、それは究極の抗がんツールです。この研究は、がん治療のためのウイルスを設計する取組につながると思います」と述べています。

 

OISTとオタゴ大学の研究者による国際チームが、2017年のノーベル化学賞の受賞対象にもなったクライオ電子顕微鏡法を用い、セネカバレーウイルス(略称:SVV)を、原子レベルに近い解像度で明らかにすることに成功しました。本構造は、ウイルスがいかに細胞受容体であるANTXRに結合するかを示しています。本受容体の1型は、ヒトのがん細胞の60%まで選択的に発現し、ウイルスが健康な細胞に影響を及ぼさないまま、がん細胞に感染し、破壊することができます。本研究は米国科学アカデミー紀要(PNAS)に発表され、ウイルスがいかにターゲットを認識しながら、健康な組織には影響を及ぼさないかを明らかにしました。
Provided by Matthias Wolf, additional edits by Andrew Scott

ヒトのがんの3分の2を標的に

 いわゆる「ウイルス療法」は、新しいがん免疫療法としてここ数年で発展してきました。抗がんウイルスは自然界に多く存在しているウイルスで、一般的に、腫瘍を標的とする一方、その周囲の健康な細胞には影響を与えません。様々な研究者がこのようながんを攻撃してくれる物質を探したり、その攻撃戦略を研究し、遺伝子を改変してその有効性を最適化したりしています。米国食品医薬品局(FDA)はステージ4の悪性黒色腫メラノーマを対象としたウイルス療法を既にひとつ承認しており、他のウイルス薬候補も臨床試験で有望な結果を示しています。

 セネカバレーウイルスは、ある特別な理由でウイルス療法候補として注目されています。それは、このウイルスがヒトの60%を超えるがんにおいて腫瘍細胞をコーティングしている受容体を選択的に標的とするためです。ANTXR1という受容体は腫瘍上にのみ発現しますが、類縁物質のANTXR2は健康な組織でのみ見られます。セネカバレーウイルスはこの健康な細胞上の類縁受容体には結合せず、ANTXR1にのみ強い親和性を示します。この研究では、その理由を理解しようとしました。

 「この2つの受容体の違いはわずかですが、それにもかかわらず、このわずかな違いにより片方はウイルスと高い親和性で結合し、他方は結合しません」とウォルフ准教授は言います。セネカバレーウイルスの外殻はANTXR1の特異的な構造としっかり噛み合うことが確認されましたが、この構造的特徴はANTXR2には見られません。「この構成要素が鍵穴と鍵のように適合しなければなりません。これは高度に進化したシステムで、すべてが完全に噛み合います。」

 

マティアス・ウォルフ准教授 OIST生体分子電子顕微鏡解析ユニットのマティアス・ウォルフ准教授。セネカバレーウイルスと受容体ANTXR1との相互作用の詳細を明らかにした本論文の共同責任著者。

最適ながん治療を設計

 セネカバレーウイルスは、小児固形腫瘍を対象とした第I相臨床試験及び、小細胞肺がんを対象とした第II相臨床試験において、がんに対抗する能力があることが既に明らかにされています。しかし、問題がひとつあります。それは、身体がウイルスに対する免疫を3週間以内に作り上げ、ウイルスが働く前にそれを押さえつけてしまうことです。

 「ウイルスをワクチンとして接種するときには、免疫応答が期待されており、その目標はウイルスの破壊です」とウォルフ准教授は言います。「ウイルス療法の場合は、反対のことが期待されます。ウイルスが免疫系を免れ、複製を続けてがん細胞を殺すことです。」

 

クライオ電子顕微鏡でのSVV-ANTXR1複合体模式図 OISTとオタゴ大学の研究者がクライオ電子顕微鏡を用いて撮影したセネカバレーウイルスとANTXR1受容体が相互作用している図。一部が染色された原子モデルとして表されている。青、緑、赤がSVVカプシドタンパク質、ピンクがANTXR1受容体。
OIST/University of Otago

 「この構造を見ると、ウイルスのどの部分が受容体との結合に不可欠であり、どの部分がそうでないかがわかります」と、本研究の共同責任著者であるオタゴ大学電子顕微鏡オタゴセンターのミヒナ・ボスティナ教授は言います。「ウイルスを『改善』したいのであれば、免疫系の作用を逃れるために、必要ではない部分を変化させ、不可欠な部分をそのまま残すことを試みることができます。」

 このウイルスがどのように働くかについて理解を深めることで、身体の免疫系の裏をかき、強力ながん攻撃物質を守ることができるかもしれません。ウォルフ准教授によれば、原理上は、セネカバレーウイルスに他の受容体を認識するよう改変することも可能で、がんとの闘いにおいて広範囲に適用できるツールとなるとしています。

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