ミツバチを苦しめるウイルスの起源はアジアだった

ウイルスはどのように進化したのか?ミツバチのウイルス感染対策の改善を目指して

Header Image: Research on bee virus origins uncovers buzz-worthy breakthrough

セイヨウミツバチは、養蜂で世界的に最もよく使われているハチの種です。他のハチ種に比べて集団(コロニー)が大きく、より多くの蜂蜜を生産し、攻撃性が低く、活発な採餌活動を行います。 

世界的に、セイヨウミツバチの個体数が激減していることが報告されていますが、「チヂレバネウイルス(DWV)」の蔓延が、大きな要因の一つと考えられています。このウイルスは主に感染したミツバチの翅(はね)に異常を引き起こし、他にも神経機能に影響を与えます。チヂレバネウイルスはミツバチヘギイタダニ(バロアダニ)と呼ばれる寄生ダニを介してミツバチに感染します。  

沖縄科学技術大学院大学(OIST)統合群生態学ユニットの博士課程学生、長谷川のんのさんと、OISTの元研究員、マエヴァ・テシェル博士らは、この度、セイヨウミツバチとトウヨウミツバチにおけるチヂレバネウイルスの進化の歴史に関する論文を発表しました。 

本論文「Evolutionarily diverse origins of Deformed wing viruses in Western honey bees (セイヨウミツバチにおけるチヂレバネウイルスの多様な進化的起源)」は、米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載されました。今回の研究の結果、このウイルスの最も一般的な株のひとつであるDWV-Aの発生起源は、これまで示唆されていた欧州ではなく、アジアだったことが示されました。  

長谷川さんは、「セイヨウミツバチは固有種のトウヨウミツバチよりも養蜂における生産性が高いため、アジアやその他の地域に持ち込まれ、農業や養蜂に広く利用されるようになりました。セイヨウミツバチはそうした地域では元々自然分布していない外来種であり、外来種が持ち込まれると、在来種と外来種の両方で病気が蔓延するリスクが高くなってしまいます」と説明します。   

セイヨウミツバチがアジアに持ち込まれたとき、バロアダニは、本来の宿主であったトウヨウミツバチから、進化の過程をともに遂げていない、新しい感受性宿主のセイヨウミツバチへと移動し、その過程でセイヨウミツバチにもチヂレバネウイルスが伝播しました。 

長谷川さんは、「チヂレバネウイルスは、感染したミツバチの翅が変形しているのがはっきりと目視できるので、野外でも容易に特定できます。また感染したミツバチは動き回る際に、方向感覚を失うこともあります。最終的に、相当数のハチが感染すると、採餌蜂(蜜を集めてくる蜂)が少なくなり、コロニーが維持できなくなる可能性があります。その結果、巣が弱体化し、コロニーが全滅することもあります。チヂレバネウイルスが現在、セイヨウミツバチの個体数を世界的に減少させている主な要因のひとつだと考えられています」と付け加えました。 

本来の宿主であるトウヨウミツバチは、寄生虫であるバロアダニと何百万年にもわたって共進化してきました。グルーミングや、巣から死んだり感染したハチを取り除いたり、働きバチがより脆弱なサナギ(幼虫と成虫の間の未熟な状態)である時間を進化するにつれ短くするなど、複数の方法でバロアダニに適応してきました。 

一方、比較的最近バロアダニに寄生されたセイヨウミツバチは、チヂレバネウイルスへの対抗手段をまだ獲得する進化の過程を経ていないため、病気に対してより脆弱(ぜいじゃく)です。 

研究チームは、チヂレバネウイルスの2つの主要株、DWV-AとDWV-Bに着目しました。生物サンプル中のRNAの有無と量を解析するRNAシーケンシング技術を用い、世界56か所の異なる宿主のミツバチから採取したバロアダニを解析し、媒介しているウイルスをシーケンスしました。   

バロアダニが媒介しているウイルスは主にRNAウイルスのためRNAシーケンシングを行うことによりどのサンプルからどのウイルスがあるのか検知できます。彼らのサンプルのダニは採取された時期・場所が異なるためそのデータを使った統計的な解析によりウイルスの起源が判明されました。 

研究チームは、 DWV-A 株の起源がアジアであることを突き止めました。これは DWV-A が、セイヨウミツバチがアジアに導入される以前からバロアダニに存在していたことを示唆しています。このウイルス株はその後、ダニによってセイヨウミツバチに伝播し、世界中に広がりました。 

チヂレバネ奇形羽ウイルスは寄生中バロアダニを介してミツバチハチに感染し、翅の異常や神経機能に影響を与える
チヂレバネ奇形羽ウイルスは寄生中バロアダニを介してミツバチハチに感染し、翅の異常や神経機能に影響を与える

ウイルスを保有するバロアダニが、トウヨウミツバチからセイヨウミツバチへと新たな宿主に乗り換えたことで、世界中で DWV-Aの感染が増加したと考えられます。 

DWV-A とは対照的に、DWV-B 株は、世界レベルでのバロアダニの宿主転換の影響を受けたという明らかな証拠は見つかりませんでした。DWV-B が初めて検出されたのは 2001 年で、これは DWV-A が初めて発見されてから数十年後のことです。このことから、DWV-B はセイヨウミツバチにとって新しいウイルスであったか、あるいは過去に特定の地域に限って分布していたウイルスで、後になって検出されたものであることが示唆されます。 

DWV-B株はセイヨウミツバチがアジアに持ち込まれる以前から一部の個体群に存在しており、バロアダニが新たな感染経路となった可能性があります。あるいは、DWB-B株はバロアダニの宿主転換後に別の宿主から伝播したか、研究に使用された実験検体の汚染によって広がった可能性もあります。 

興味深いことに、研究発表ではデータを欧州と北米に絞るとDWV-Bが増加しており、同時期にこれらの地域でバロアダニが拡散しています。研究チームは、今後DWV-Bの起源を調査し、新しいウイルスがどのようにバロアダニとミツバチの生態系に侵入するのかをよりよく理解する必要があるとしています。  

長谷川のんのさんの世界的なミツバチのウイルスの起源に関する研究がPNAS誌の表紙を飾りました。
長谷川のんのさんの世界的なミツバチのウイルスの起源に関する研究がPNAS誌の表紙を飾りました。

長谷川さんは、他の重要な花粉媒介者にも適切な生息地を提供することが重要であると強調しています。「セイヨウミツバチは活発な採餌活動を行い、大量受粉に役立つ一方で、コウモリや蝶、蛾、他のハチなど、その地域の受粉媒介者を競争してしまう可能性があります」と説明します。「単一作物を広い面積で栽培する単作は、花粉媒介者や環境に悪影響を与えることがあります。在来植物を植えることで地域の花粉媒介者を保護し、外来種の導入は避けるべきです。」 

本研究から得られた知見は、ハチのウイルスの起源や伝播、またその管理について、より深い理解を与えてくれるでしょう。 

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