人工知能に芸術を

OISTで開催中の「人工知能美学芸術展」が探索する機械芸術の未来とは

 科学と芸術が融合すると、素晴らしく、かつ奇妙な芸術が生み出されます。この度、沖縄科学技術大学院大学 (OIST)にて開催されている、 世界初となる学際的な人工知能(AI)の芸術展が、人間と機械の境界を不鮮明なものとしています。

 機械によって示される知性であるAIは、 急速に拡大している分野です。 コンピュータはすでにいくつかの分野で人間の認知能力を超えました。 しかしAIは、未だ独自の美学、鑑賞能力、審美眼といったものは備えていません。 将来的にAIが美意識を獲得し、独自の芸術を創造する可能性はあるのでしょうか? また、コンピュータと人間の心との違いにとって、これは何を意味するのでしょう か?

 これらの疑問は、 この度OISTで 開催されている人工知能美学芸術展で追求されているほんの一部分に過ぎません。本芸術展は他に類を見ないものであり、ビジュアルアート、音楽、文学、詩、さらには科学研究までが組み合わされています。「芸術と科学といった異なる分析方法や知識を融合させることにより、今後予測される急激な社会構造の変化に対応するための新たな見識を得ることができるのです」と、OISTのピーター・グルース学長は語ります。本展では、自動演奏ピアノ、スマートフォンのロボット、さらにはチンパンジー作の絵画までが並んでいます。

自身の作品「凸凹絵画#50」の前に立つ本展企画、美術家の草刈ミカ氏

 「本展は、まだ達成されていない芸術を思考し、探求しようとしています。機械美学に基づく機械芸術、すなわちAIによって作られ、AIが美しいと見做す芸術がどのようなものであるか、観賞される方々には想像を巡らして欲しいと考えています」と、本展を企画した美術家の草刈ミカ氏は語ります。   芸術展では、AIによるアートが将来どのようなものになるかについて、訪問者が想像力を働かせられるよう、人による芸術作品とAIによる芸術作品の両方が展示されています。  

人工知能美学芸術展にて自身が掲げる「人工知能美学芸術宣言」の前に立つ本展企画、美術家の中ザワヒデキ氏

 本展を企画した美術家の中ザワヒデキ氏は、いつか人工知能の芸術家が人間を追い越すと信じています。機械は既に人間ができない多くのことができます。例えば本展示会には、一台の自動演奏ピアノがあります。一見すると1920年代のダンスホールにあった過去の遺物に見えるかもしれませんが、どんな音楽家の能力をも超えた演奏が可能です。人間の演奏者は10本の指しかないなどの明らかな例を含め、多くの制約があります。一方自動演奏ピアノは、平方根の数値で拍子をとるなど、新たな音楽技術を探求できます。また、「 左手 」ではゆっくりしたテンポから徐々に速いテンポで弾きつつ、同時に「 右手 」は速いテンポからゆっくりのテンポで演奏することもできますが、これは人間の演奏者では、非常に難しいことです。

作曲家コンロン・ナンカロウの楽曲「自動演奏ピアノのための習作」がセットされた自動演奏ピアノ

 機械は様々な方法で芸術を作ることができます。仮想的にモニタ画面上にも制作できるし、絵を描くロボットがいるように、実際にカンバス上にも制作できます。音楽や詩を作るAI芸術家もいます。しかし現時点では、AIの芸術は人間のプログラミングを必要とするという事実によって制限されています。AIが単に美しさのために自発的に芸術を創造するには、いまだ至っていないのです。

 「芸術のための芸術」という概念は、今回の芸術展における重要なテーマです。チンパンジー達が描いた絵画群の展示で、この概念の追求がなされています。バナナのご褒美の見返りにチンパンジーが絵を描いた場合、それは芸術とは見做されません。 しかしながら本展に出品されている絵画のように、何の報酬も無しにチンパンジーが芸術を創作するならば、これはチンパンジーが何らかの美学の評価力を持ち、芸術のための芸術を創作していることを意味します。

チンパンジーとボノボによる無題の絵画シリーズ

 同様に、機械が人間の介入なしに アートを創作し始めたとしたら、機械自身が美を認識する能力を獲得したことを意味します。OIST神経計算ユニットの銅谷賢治教授をはじめとする研究者たちは、現在このようなアイデアに取り組んでいます。展示会の一環として、銅谷教授の研究チームは、スマートフォンに車輪を加えることによって、自身でゴールを設定できるロボットが作れるかどうかを研究しています。

銅谷賢治教授と研究チームが開発したスマートフォンロボット

 科学者たちがラボで作業している間、AIは展示会の期間を通じ、リアルタイムでアートを創作しています。例えば「落書きの原理について」という、やんツー氏のインスタレーション作品では、AIが自身の落書きをしています。この作品は、水を使ってコンクリートブロックに模様を描く大型作図機でできています。 オンラインで落書きの画像を学習することにより、機械自身が落書きの仕方を習得したものです。このような科学と芸術の両方における進歩は、AIアーティストの新たなジェネレーションを創出する第一歩と言えます。

 「そのAIが文化にもたらす影響として、どのようなことが考えられるでしょうか。コンピュータが自らの意志で作曲に必要な技能を習得し、シンフォニーやオペラといった異なる調和を奏で、新たな楽曲を生み出すのでしょうか。あるいは3Dプリンターに接続されたAIが、全く新しい形態の彫刻を創造するのでしょうか。はたまた過去に書かれた小説を余すことなく読み込んだコンピュータが新時代の優れた文学作品を書き上げることが出来るようになるのでしょうか。その問いに対する答えは、まだ誰にも分かりません。だからこそ、芸術と美学を通じて様々な英知を結集させ、まだ答えのない問いに向かって議論を本格化させていくことが重要なのです。」とOISTのグルース学長は説明します。

 その日がいつやってくるかを予測することは難しいですが、AI はいつの日か美意識を獲得し、芸術のための芸術を創出できるようになるでしょう。 中ザワ氏は語ります。「私は機械が美を真に理解することができるようになるには、意識が最初に来なければならないと思います。SF小説のように聞こえるかもしれませんが、この分野における技術の進歩のスピードをもってすれば、人間の介入なしに世界初の人工知能芸術展が開催される日は遠くないかもしれません。」

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

シェア: